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『風、薫る』122話感想|ツヤの実習とりんの約束、看護婦規則の影

『風、薫る』第122話で胸に残ったのは、ツヤが窓を開けた理由を尋ねた場面。
看護婦になりたいと学び始めた彼女は、薬や消毒の知識だけでなく、りんが佳枝さんの手を温め、食事を急がせなかった理由まで受け取ろうとしたのです。

ところがラストには「二箇年」「免状」という書類の文字。ツヤが今日積み始めた時間を、これからの制度はどう数えるのでしょう。

「辛い時は辛いと言うこと」と言われたときのツヤの “はい” は、どんな資格より先に、誰かと働くための約束に聞こえました。

温石を 置いてから聞く 窓のわけ

風、薫る122話|ツヤの実習と「二箇年」の壁
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目次

この記事のポイント

Q1. ツヤは『風、薫る』第122話で何を学び始めた?

『風、薫る』第122話でツヤは、人体や消毒、薬といった看護の知識に加え、りんのもとで宮川佳枝への派出看護を実習しました。患者の体調や暮らしに合わせる看護を、りんの仕事ぶりから学び始めています。

Q2. りんの「辛い時は辛いと言うこと」にはどんな意味がある?

りんの「辛い時は辛いと言うこと」は、以前にツヤを守り切れなかった痛みを抱えるりんが、ツヤをもう一人で抱え込ませないために求めた約束です。「必ず助けますから」という言葉には、りんが教える側として引き受けた覚悟がありました。

Q3. 「二箇年」「免状」はツヤたちに何を意味する?

第122話で柳生が見つめた書類には「二箇年」「免状」とありましたが、具体的な意味はまだ語られていません。ツヤがりんと直美のもとで始めた座学と実習が、看護婦としての資格への道とどう結びつくのかが、今後の焦点になる可能性があります。

恵風看護婦会に集まる人物たちと、ここまでの流れを振り返ると、第122話のツヤの決意がさらに見えてきます。

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登場人物の関係と物語の全体像をたどると、りんと直美がツヤを迎え入れた意味もつながります。

ツヤが学んだのは看護の技術より「暮らしを見る目」

ツヤが学んだのは看護の技術より「暮らしを見る目」

ツヤがりんの実習を願ったのは、教科書に書かれた答えだけでは足りないと感じていたから‥。
第122話のりんは、佳枝さんの家で看護を“見せる”ことで、ツヤに仕事の芯を渡した。

虎太郎の「努力する人に弱くてね」が示した変化

ツヤが薬のことを次々に尋ねる横で、虎太郎は「努力する人に弱くてね」と言います。その直後、りんが「なんだか虎太郎、大人になったなあ」と返す。このやり取りが、なんともよかった。

ツヤの必死さを笑わず、手を貸す虎太郎。
その虎太郎を、りんが少し離れた場所からしっかりと見ていた。虎太郎のひと言は短いのに、ツヤが恵風看護婦会で一人ぼっちではないことを伝えていました。

ツヤがここへ来るまでには、前回、恵風看護婦会の扉をたたいた瞬間がありました。

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扉の前に立ったツヤの決意を振り返ると、第122話でノートを取り、実習を願う姿が一本の線につながります。

窓を開け、食事を遅らせた理由

窓を開け、食事を遅らせた理由

実習中のツヤは、りんがなぜ窓を開け、なぜすぐ食事を出さなかったのかを尋ねます。
ここがよかった。
見よう見まねで手を動かすのでなく、「なぜそうするのか」を聞いたのです。

りんは、佳枝さんの調子が少し悪いからこそ、風を感じてもらい、温石で手を温め、気持ちよく食事を取ってほしかったと話しました。食事の時間を守るより、その日の佳枝さんの身体と気分を先に見たわけです。

りんは窓を開け、温石で佳枝さんの手を温め、食事の時刻を少し遅らせる‥。
看護の手順を変えたのではなく、その日の佳枝さんに手順を合わせたのです。
長く学校にいたなおじにも、予定どおり進めるより、目の前の子の顔色を見て一度止まった日があります。りんの看護は、その「一度止まる」勇気をツヤへ見せたようです。

佳枝さんとりんが積み上げてきた時間を知ると、この日の窓と温石の意味がもっと深く伝わってきます。

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りんが佳枝さんの痛みと生活へどう寄り添ってきたかを、前の場面からたどれます。

「病院の都合」でなく「その人の暮らし」へ

りんは、派出看護は「こちらに合わせる」のではなく、その人らしい暮らしを支える仕事だとツヤに伝えました。佳枝さんの家には佳枝さんの一日があり、痛みの具合も、窓から入る風も、食事へ向かう気持ちも毎日同じではありません。

だから、りんは先に窓を開けたのでしょう。あの動作は大げさではないのに、看護婦が相手の生活へ入るということを、ひどく鮮やかに見せてくれます。

りんと直美が派出看護へ踏み出した頃を読むと、恵風看護婦会が大切にしてきた仕事の形が分かります。

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病院の外で患者の暮らしに向き合う派出看護が、二人の人生をどう変えたのかを振り返れます。

りんがツヤに求めた約束は、過去を繰り返さないため

りんがツヤに求めた約束は、過去を繰り返さないため

第122話でいちばん胸に残ったのは、りんがツヤに「辛い時は辛いと言うこと」と言った場面でした。やわらかな声なのに、過去を抱えた人にしか出せない強さがありました。

生徒を2人辞めさせた記憶が、りんをためらわせた

りんは、これまで生徒を2人も辞めさせてしまったことを気にしていました。ツヤを教える話になった時、一瞬戸惑ったのは、ただ自信がなかったからではない。

人を育てる場面では、教える側の善意だけで相手を救えないことがあります。言葉が届かず、手を差し出す順番も間に合わず、それでも「あの時、別の関わり方があったのでは」と残ることがある。

直美が講義を受け持ち、りんが実習を担ったのは、二人がツヤを一人で抱え込まなかった形でもありました。知識を渡す直美と、患者の暮らしを読むりん。その二人の間で、ツヤはようやく安心して学び始めたように見えます。

「必ず助けますから」は指導者側の約束でもある

ツヤは「気にしないで」と言った。それでも、りんは引き下がらず、「辛い時は辛いと言うこと」と約束を求めます。以前にツヤを辞めさせることになった痛みを、りんは「大丈夫だった」と片づけなかったのです。

「必ず助けますから」のあとに返った、ツヤの小さな「はい」。
あの返事が聞こえたとき、りんはようやく“教える人”になれたのではないかと、なおじには映りました。

昭和の学校には、時計を見ながらも帰れない夜がありました。午後十時、十一時、ときには日付が変わっても、その子が抱えた問題をその日のうちに何とかしたいと、教師たちは教室や職員室に残ったものです。

それがすべてよかったとは、なおじも言い切れません。令和の学校では、教師一人の長時間労働を美談にせず、複数の大人と専門機関が子どもを支える形が求められています。それでも、今この時に「つらい」と言えた子を、明日まで一人にしないという感覚まで古くなるのだろうか。なおじには、りんの「必ず助けますから」が、あの夜の消えない保健室の灯と重なりました。

保健室 戸を二度たたく 夜の靴

りんが聞きたかったのは、立派な返事ではなかったはずです。ツヤが苦しくなった時に、ちゃんと「つらい」と言えること。その約束が、二人の間に小さく灯りました。

「二箇年」と「免状」──ツヤの時間を誰が数えるのか

「二箇年」と「免状」──ツヤの時間を誰が数えるのか

柳生が書類を見つめる画面に、「看護婦」「二箇年」「免状」という文字がありました。ツヤがノートを取り、佳枝さんの家で初めて実習をした日に、この文字が置かれた。ここで空気が変わりました。

史実の東京府看護婦規則は何を変えたのか

史実の東京府看護婦規則は、1900年7月1日に東京府令第71号として発令されます。看護婦を公的な資格の枠へ入れ、満20歳以上の女性が警視庁の試験に合格して免許を受ける仕組みを示した、全国に先駆ける制度です。

第112話では、物語が明治32年まで進んだことが伝えられていました。第122話で直美が「近いうちに規則ができそう」と話す流れは、明治33年、1900年の規則制定へ近づく時代の空気と重なります。

劇中で直美が口にした「取り締まる規則」という言葉は、この時代の空気にぴたりと重なります。看護婦という仕事が社会に必要とされるほど、看護する人をどう認め、どこに線を引くのかが問われ始めたのでしょう。

実在モデルとドラマの時代背景を合わせて読むと、柳生の書類が何を告げようとしているのか、もう一段見えやすくなります。

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『風、薫る』の物語と、実在モデルをめぐる明治の看護史をあわせてたどれます。

ツヤの実習は、免状への道につながるのか

「二箇年」が何を指すのかは、第122話ではまだ語られていません。けれど、あの文字が映ったあとでは、ツヤがりんと直美のもとで過ごす一日一日を、ただの修業風景としては見られなくなりました。

直美は座学を用意し、虎太郎は薬を教え、りんは佳枝さんの家で実習を担った。その積み重ねは、ツヤが看護婦として働くための土台です。

なおじが気になるのは、その時間を制度がどう受け止めるのかということです。紙に書かれた「二箇年」と、窓を開ける理由を覚えた一日。その二つは、同じ道の上で出会えるのでしょうか。

柳生は「壁」か、それとも努力を制度につなぐ人か

「だまされてねえか」

寛太は直美に、「だまされてねえか」と言いました。
お上が、本当に困っている人を助けてきたのか。
寛太の言葉には、制度へ簡単に寄りかかれない人の棘があります。

それでも直美は、「柳生さんはあんたとは違う」と返しました。
確かにネット上には、寛太に賛同する意見も見られます。「柳生さん、怪しい」という意見すらありました。
しかしなおじは、柳生をただの冷たい役人とは見られないんです。

ツヤたちの前に、制度の壁が現れるのかもしれない。
ただ、柳生が見ていた書類の向こうには、ノートに必死で書き込むツヤの姿もあるはずです。
直美の信頼が、その二つをつなぐ糸になってほしい。
なおじには、柳生のあの険しい横顔が、誰かの努力を数字だけで切り捨てないための迷いにも見えたんです。

ツヤの「はい」が開いたのは、資格より先にある道

ツヤの「はい」が開いたのは、資格より先にある道

ツヤは、りんの「辛い時は辛いと言うこと」に「はい」と答えました。資格の話が背後で動き始めた日に、ツヤが最初に手にしたのは、ひとりで抱え込まなくていいという約束だったのです。

窓を開ける理由を尋ね、佳枝さんの手を温めるのを見つめたツヤは、もうただ教わるだけの人ではない。ノートに書いた言葉の向こうで、看護婦の目が少しずつ育っていました。

「二箇年」と「免状」がどんな形でツヤたちの前に現れるのか。第122話の最後に残ったのは、書類の文字よりも、りんの言葉を受け取ったツヤの「はい」でした。

よくある質問

ツヤは恵風看護婦会で何を学ぶことになった?

ツヤは人体の構造や消毒などの基礎を学び、虎太郎から薬について教わりました。そのうえで、りんのもとで宮川佳枝さんへの派出看護を実習し、患者の暮らしに寄り添う看護を学び始めています。

宮川佳枝への看護で、りんは何を大事にしていた?

りんは佳枝さんの調子と手の痛みを見て、窓を開け、温石で手を温め、食事を急がせませんでした。看護する側の予定ではなく、佳枝さんが少しでも気持ちよく食事を取れる時を選んでいました。

東京府看護婦規則はいつ制定された?

史実の東京府看護婦規則は、1900年(明治33年)7月1日に東京府令第71号として発令されました。満20歳以上の女性が警視庁の試験に合格し、免許を受ける仕組みが示されました。

「二箇年」はツヤの実習期間を意味する?

第122話では、柳生が見つめる書類に「二箇年」とあることが映っただけで、その意味はまだ語られていません。ただ、りんと直美のもとで始まったツヤの座学と実習の時間が、これからどんな扱いを受けるのか。あの二文字が出た直後から、ツヤのノートまで急に重く見えてきました。

柳生はツヤたちの味方なの?

柳生の本心は、まだ作品内で明かされていません。派出看護婦会の実態を調べ、規則に関わる立場にいるように見える一方で、直美は柳生を信じています。寛太の疑いと直美の信頼がぶつかったことで、柳生の次の一手がいっそう気になる場面になりました。

筆者紹介|なおじ

公立小・中学校で約35年、校長として11年、指導主事としても教育現場に携わってきました。全国中学校社会科教育研究会元理事、元茨城県社会科研究部長。生徒が「困った」と言えないまま抱え込み、周囲がその小さな変化に気づけなかった場面も見てきました。

この記事では、りんがツヤへ渡した「辛い時は辛いと言うこと」という言葉を、教える側と学ぶ側の関係として受け止めています。現在は8つのブログで、ドラマ芸能歴史などを横断し、人の生き方と社会のつながりを書いています。

風、薫る122話

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