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朝ドラ『風、薫る』119話感想|亀吉の言葉と環の絵が残したもの

「お恥ずかしい限りです」と頭を下げたりんへ、亀吉は間髪入れずに「本当だな」と返した。
お前が言うか――なおじは、思わず画面に向かってつぶやいてしまった‥。

ところが、その亀吉が去り際には「いろいろ悪かったな」と言い、「酒はやめた」と口にする。りんの「見ればわかります」が返った瞬間、二人の間に流れた長い年月まで見えた気がした‥。

『風、薫る』第119話は、環が絵を自分の夢として見つめ始め、亀吉とシマケンがそれぞれ別の言葉で、その背中へ手を添えた回。

親は、子どもの夢をどこまで見守れているでしょうか。

団子絵に
母の知らない
湯気が立つ

環が置き手紙を残してシマケンのもとへ向かい、りんの前には亀吉が現れる。環は将来の迷いを打ち明け、亀吉は娘のこれからを案じる――第119話は、その二つの場面が静かにつながった朝でした。

朝ドラ『風、薫る』119話感想

全26週130回の流れや、物語の実在モデルまでたどると、環たちが立っている時代の輪郭も見えてきます。

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放送週ごとの流れと、モデルになった二人の看護婦の史実を確認できます。

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目次

この記事のポイント

Q1. 亀吉は『風、薫る』第119話で本当に変わった?

亀吉は相変わらず皮肉を飛ばしますが、第119話では酒をやめ、「いろいろ悪かったな」と語りました。りんへ「患者と同じぐれえ環を見てやれ」と託した言葉からは、環の未来を案じる父親としての変化がうかがえます。

Q2. 環は『風、薫る』第119話で何を選ぼうとしている?

環はチュウの店で見てきた人々を雑記帳に描き続け、絵を仕事にしたいという思いを言葉にし始めました。絵は環にとって、寂しいときの居場所から、自分の人生を選ぶための夢へ変わり始めています。

Q3. シマケンの「自由でいるのが苦しかった」とはどういう意味?

シマケンは、何者でもない自分でいる苦しさと、自分で選んだ結果を引き受ける自由の重さを語りました。環へ「怖いか」と問いかけたのは、絵を選ぶ答えを誰かに決めてもらわず、自分自身で見つけてほしかったからだと考えられます。

亀吉の「見ればわかる」には長い年月があった

見ればわかります

亀吉は、りんを責めるような言葉を口にしながらも、環の未来を真剣に考える父親へ変わっていました。その変化は大げさな謝罪ではなく、短い会話の端々に置かれていたのです。

「本当だな」と言う亀吉は、まだ亀吉のまま

りんが「お恥ずかしい限りです」と頭を下げると、亀吉は「本当だな」と返します。思わず「お前が言うか」と突っ込みたくなる、あの亀吉節。

続けて亀吉は、「女学校がなんだ。結局、環を悩ませただけだべ」と皮肉たっぷりに語りました。そして、親子そろって難しい顔をするりんと環へ、「ああやって贅沢に悩ませることが、おめえの望みだったんじゃねえのけ」と突きつけます。

この言い方だけを切り取れば、むかつくと感じる人がいても不思議ではありません。実際、亀吉の強い物言いには、過去からの印象も重なって反発を覚える視聴者もいるでしょう。

ただ、なおじには、ここを単なる嫌味とは感じなかったんです。学校へ通い、将来を迷い、何になりたいかを考えられること。その自由が、当時の誰にでも与えられたものではなかったからです。

亀吉は、環が悩める場所まで来たことを、あのぶっきらぼうな言葉で言っているように見えました。棘のある言葉の底に、娘の可能性を認める父親のまなざし。そこが第119話の亀吉でした。

「酒はやめた」「見ればわかります」が示した変化

去り際、亀吉は「いろいろ悪かったな」と、さらりと言います。大仰な謝罪ではありません。しかし、これまでの亀吉を知る視聴者ほど、この短い一言の重さを感じたはずです。

りんが「お体、お気をつけて」と声をかけると、亀吉は「酒はやめた」と答えました。そこでりんは、「見ればわかります」と返す。わずかな会話なのに、実に味わい深い場面。

酒をやめたことで変わったのは、体つきや顔色だけではないのでしょう。環の将来を語り、りんを気遣い、自分の過去へ「悪かったな」と言える余裕が生まれている。りんは看護婦としての観察眼で、亀吉の中に起きた変化を、説明ではなく一目で受け取ったのだと思います。

人は、言葉より先に姿で変わることがある。りんの「見ればわかります」には、元夫への恨みを蒸し返さず、変わった部分をきちんと見る静かな誠実さがありました。

環が祖母・貞の手紙を受け取り、父への見方を揺らした前話も、今回の場面につながっています。
👉関連記事:風、薫る118話感想|祖母の手紙が環を動かした

「患者と同じぐれえ環を見てやれ」は父から母への託し方

亀吉は最後に、「看護婦けえ、なら、患者と同じぐれえ環のことを見てやれ」と言ったのです。

これは、りんにはグサッときたでしょう。看護婦として人を観察し、病に苦しむ人へ手を差し伸べてきたりんが、いちばん近くにいる娘の胸の内を見落としていた。その事実を、亀吉は容赦なく突いています。

私自身、学校に勤めていたころ、朝早くから夜遅くまで仕事に追われる日々がありました。あるとき妻が友人へ「うちは母子家庭みたいなものだから」と話しているのを聞き、胸に刺さったことを覚えています。仕事に責任を持つことと、家族へ目を向けることは、いつもきれいに両立するわけではありません。

だからこそ、亀吉の一言を皮肉だけで終わらせたくないのです。今の亀吉なら、りんを責めるためではなく、環にもりんにも前を向いてほしいから言ったのではないでしょうか。

りんが去り際の亀吉へ深々と頭を下げたのも、その言葉の奥にある愛情を受け取ったからだと、なおじには映りました。りんが看護を選んだ道と、母として揺れる時間は、これまでも作品の大きな柱です。
👉関連記事:一ノ瀬りんが看護を選んだ真相|朝ドラ風薫るWヒロイン

環の絵は「居場所」から自分の夢へ変わった

環の居場所

環がシマケンへ見せた雑記帳には、チュウの店で団子を食べる人たちがいました。湯気まで見えそうな団子。口を動かす客。店の隅で交わされる、名もない会話。

環は、何気ない景色をずっと自分の目で拾い、紙の上へ置いてきたのです。

チュウの店を描いた絵が語る、環のまなざし

環は、チュウから引き札の絵を頼まれたとき、一度は断っています。それでも「どうしてもいろいろ思い浮かんじゃって」と言い、雑記帳にはたくさんの絵を描いていた。

ここがよかった。

団子を食べる人々を描く環の目は、何か特別な景色だけを追っているのではありません。毎日通る店、そこにいる人、食べる顔。その平凡な時間が、環の中では絵になるほど大事だったのでしょう。

りんは、環が昔から絵を描いていたことを知っていました。ただ、雑記帳が埋まるほど描いていたとは知らなかった。

母の知らないところで、娘は自分の居場所を育てていたのです。

進路を悩めることは、苦しさであり恵まれた自由でもある

亀吉は、りんと環の曇った顔を見て、「ああやって贅沢に悩ませることが、おめえの望みだったんじゃねえのけ」と言いました。

言い方は、いつもの亀吉です。刺さる。腹も立つ。

けれど、環は女学校で学び、看護婦になる道も、別の道も、手を伸ばせる場所まで来ています。目の前の暮らしを守ることだけで精いっぱいだった人々もいる時代に、「何をしたいのか」と悩めること自体が、りんの歩いてきた道の先にある。

亀吉の言葉は乱暴です。それでも、「環は選べるところまで来た」と言っているように、なおじには聞こえました。

りんが気づかなかったからこそ、これからが問われる

りんが気づかなかった環の本音

「患者と同じぐれえ環のことを見てやれ」。

亀吉のこの一言を聞いたあとでは、りんが雑記帳の絵を知った場面が、ただの情報ではなくなります。

看護婦として、りんは人の顔色を見て、声を聞き、病の小さな変化を見逃さないように生きてきました。そのりんが、娘の絵に込められた時間には気づけなかった。

ただし、これは責めるための場面ではありません。

りんは環を育て、働き、守ってきた。その手の届かなかった場所に、環が一人で描き続けたノートがあったのです。
ページをめくるたび、言葉にされなかった娘の時間が、団子の絵になって現れた

見ていても
雑記帳の
団子増え

環がどんな絵を描いてきたのかを知ると、りん、亀吉、シマケンがそれぞれどんな距離から環を見ていたのかも、もう一度たどりたくなります。

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主要人物の関係とこれまでの出来事を振り返ると、環が絵へ向かった理由も立体的に見えてきます。

シマケンが環に渡したのは肯定と「自分で決める怖さ」

「自分で決める怖さ」

「創作は恐ろしい。一度でも創作の喜びを覚えると、その欲望から逃れられなくなる。知らない方がよかったな。僕も、環ちゃんも」

環の絵を見ながら、シマケンはそう言いました。

笑っているようで、笑っていない言葉です。創作を知れば、前と同じ場所には戻れなくなる。その怖さを、シマケンは自分のこととして知っていました。

「創作は恐ろしい」は、夢の甘さだけを語らない言葉

環は、チュウの店の絵を描きながら、いつの間にか「私も絵が描きたい」と言うところまで来ていました。

シマケンは、その願いを持ち上げすぎません。「仕事として?」と問い返す。ここで、環は自分へ問い返したはずです。

好きだから描きたいのか。描くことで生きていきたいのか。

夢を話す相手が、ただ「いいじゃないか」と言うだけなら、環は少し楽だったでしょう。でもシマケンは、創作の喜びを知る人間として、仕事にするところまで視線を進めた。

その厳しさが、かえってやさしいのです。

「後悔はない」と言えるのは、やり切った人だけ

環は、シマケンに尋ねます。小説を書くことを頑張ったのを、後悔しているのかと。

シマケンは「後悔はない」ときっぱり答えました。

「あの時間がなかったら、いつまでもどこにも行けなかった。やり切らないと、前には進めない」。

ここには参りました。

夢がそのまま職業にならなかったとしても、やり切った時間は消えない。書き続けたからこそ、シマケンは今、環の前で「笑うわけない」と言えるのでしょう。

環の雑記帳を前にして、若いころの自分が重なったのかもしれません。ただし彼は、自分の過去を語るだけで終わらず、環に「仕事として?」と返した。その問いが、環を子ども扱いしない大人の言葉でした。

答えを描かなかった「怖いか」という問いの美しさ

環が「私にできるかな」とこぼすと、シマケンは、誰かに背中を押してもらおうとする甘い考えには身に覚えがあると語ります。

突き放したように聞こえます。

でも、そのあとに「怖いか」と尋ねる。

環の答えは、描かれていません‥。

ここで答えを言わせなかったことが、実にいい。
環が絵を仕事にするのか、看護婦の娘として別の道を選ぶのか、その答えは母にも亀吉にも、そしてシマケンにも渡せないものだからです。

シマケンは、自分が何者でもないことに苦しみ、自由でいることの重さを知った人でした。「自由でいるのが苦しかった。自由を奪われて救われた」と語った彼が、環へ最後に残したのは、励ましの言葉ではありません。

「怖いか。」

その問いだけが、環の前に残りました。

よくある質問

亀吉は第119話で、りんに何を伝えた?

亀吉は、看護婦として患者を見守るりんへ、「患者と同じぐれえ環のことを見てやれ」と語りました。娘の進路や心の内を、母としてもう一度よく見てほしいという、不器用な父親の託し方だったと読めます。

亀吉が酒をやめたことは何を意味する?

酒をやめたことは、亀吉の変化を示す大きな描写です。ただし、断酒だけで過去が消えるわけではありません。「いろいろ悪かったな」と言えるようになり、環とりんの未来を考える余裕が生まれたことに、年月の重みがあります。

環はなぜシマケンに進路を相談した?

シマケンは、小説を書く夢に向き合い、創作の喜びも苦しさも知る人物です。だから環にとって、絵をただ褒めるだけでなく、「仕事としてやりたいのか」と本気で問い返してくれる相談相手でした。

でも、それだけではないでしょう。環が幼いころから、自分のことを見てくれる男性の大人として、シマケンはそばにいました。父・亀吉とは離れて暮らしてきた環にとって、シマケンは無意識のうちに父性を感じられる存在でもあったのではないでしょうか。

「笑うわけない」と言い、「さびしい時、つまらない時、それが環ちゃんの居場所だった」と、絵を描いてきた時間まで言い当てる。環はあの瞬間、夢の話を聞いてほしかっただけではない。自分をずっと見てくれていた人に、「私も絵が描きたい」と受け止めてほしかったのだと、なおじには映りました。

シマケンの「自由でいるのが苦しかった」とは?

自由には、自分で選び、その結果を引き受ける責任があります。シマケンは何者でもない自分に苦しんだ経験を語り、環にも、自由を選ぶことの重さを考えさせたのだと思います。

第119話で最も大切なテーマは何?

親が子どもの内面を見直すことと、若者が自分の人生を選ぶ怖さです。亀吉、りん、シマケンの言葉を受け、環は「誰かの望む人生」ではなく、自分の心が向かう道を考え始めました。

筆者紹介|なおじ

なおじ

公立小・中学校で約35年、教員・校長・指導主事として、子どもたちの進路選択と、家庭が抱えるさまざまな思いに向き合ってきました。

教員として仕事に没頭しすぎ、家庭との時間をどう守るかを自分自身に問い直した経験もあります。
全国中学校社会科教育研究会元理事、茨城県社会科研究部長(元)。

本記事では、作品内の描写、視聴者が受け取る言葉、そして筆者自身の見立てを分けながら、亀吉・りん・環・シマケンが交わした言葉の奥を読みました。

現在は複数のブログで、ドラマ芸能歴史学びを横断し、人の生き方と社会とのつながりを書いています。

風、薫る119話

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