第104話は、佳枝の傷ついた自尊心にりんが寄り添う一方、シマケンが「一家で東京へ来てほしい」と言い切れない弱さを浮かび上がらせた回。
人を支えるとは、手を貸すことだけなのでしょうか。
雨の日、佳枝は手のこわばりで思うように食事ができず、深く落ち込んでいました。りんはそんな佳枝を気遣い、少しでも食べやすくなるよう工夫します。一方でシマケンは、直美からりんの話を聞くことになりますが‥。

この記事で先に見ておきたいこと
- 佳枝の苦しさは、手が思うように動かない痛みだけではありません。これまでできたことができなくなる悔しさ、自分らしさが揺らぐつらさがありました
- りんは食事の方法を工夫するだけでなく、佳枝の自尊心を傷つけないように寄り添いました
- シマケンは家族への責任を抱えながらも、自分からは、その状況を変える決断を下せない。その弱さが、りんとの未来にも影を落としているように感じました
この記事のポイント
Q1. 『風、薫る』第104話で佳枝はなぜ落ち込んだ?
佳枝は手のこわばりで食事を思うように取れず、自分でできていたことができなくなる悔しさに沈みました。第104話では、身体の痛みだけでなく、自尊心が傷つくつらさも描かれています。
Q2. りんは佳枝にどんな看護をした?
りんは佳枝が少しでも食事をしやすくなるよう工夫し、できないことを責めずに寄り添いました。『風、薫る』第104話では、りんが身体だけでなく佳枝の自尊心も支えようとする姿が見どころです。
Q3. シマケンの何が問題だった?
シマケンの問題は浜松へ戻る事情そのものではなく、「自分が何とかするから一家で東京へ来てほしい」と言えないことです。家族の事情に自分の人生まで預けてしまう弱さが、りんとの関係にも影を落としています。
登場人物の関係を先に整理しておくと、りん・直美・シマケンが置かれた場所もつかみやすくなります。
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佳枝が見せた「できない」痛み

佳枝が食事を取れずに落ち込んだのは、空腹を満たせないからだけではない。自分の手で箸を持ち、自分の口へ食べ物を運ぶ。当たり前だった動作が一つずつ遠のいていくとき、人は身体の不自由さと一緒に、自信まで失いかねません。
食べられない苦しさは手だけの問題ではない
「年を重ねて、まともにご飯も食べられないのが情けない」と感じる佳枝の姿には、助けを求めるつらさがにじみます。できないことを見せるのは、案外、痛いことです。
佳枝の沈黙には、痛みだけでなく、これまで当たり前にできたことを失う悔しさがありました。
箸止まり
味噌汁冷める
雨の午後
亡き母と重なった佳枝の美しさ
なおじの母も、長年リウマチに苦労していました。けれど、弱音を一切吐かない人でした。
佳枝を見ていると、どうしても母の姿が重なります。手前味噌ながら、佳枝の静かな美しさもまた、母を思い出させました。なぜなのか、自分でもうまく説明できません。ただ、あの場面を見ていると、じわっと涙が出てくるのです。
それは病気のつらさを悲しんだからだけではない。人が、弱さを抱えながらも自分らしくあろうとする姿には、言葉にしにくい気高さがあるからだと、なおじには映りました。
りんは佳枝の自尊心を支えた
りんの看護は、佳枝の「手」を助けるだけで終わりません。食べやすくする工夫の奥には、佳枝が自分を情けないと思わずに済むようにという配慮があったように見えます。
手を貸す前に相手の心を見た
看護は、できないことを代わりにやる仕事ではない。本人ができること、やりたいこと、守りたいものを見失わないように支える仕事でもあります。
りんは、以前よりも患者の身体の状態だけでなく、その人の心の痛みまで見られるようになりました。看護婦としての技術が育ったというより、人と向き合う目が深くなったのだと思います。
りんがなぜ看護の道を選んだのかを振り返ると、第104話の小さな工夫が、彼女らしい大きな成長として見えてきます。
シマケンはなぜ東京を選べないのか
一方のシマケンには、どうしても歯がゆさが残るんです。家を失った家族、浜松へ戻らなければならない事情、その重さは理解できます。
けれど、りんに浜松へ来てほしいと求める前に、彼自身が東京で家族を支える道を本気で探せなかったのか。そこが気になります。
前話でも、シマケンは自分の弱さをさらけ出していました。その流れを踏まえると、第104話の迷いは急に生まれたものではありません。
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「一家で東京へ」と言えない弱さ
なおじは、これがシマケンの弱さの一つの証明だと感じるんです。
「私が何とかするので、一家で東京に出てきてほしい」
そう毅然と言えれば、シマケンは家族の事情を引き受けながら、自分の人生も守ろうとしたことになります。しかし彼は、その選択肢を口にできない。家族に従うことを責任のように抱え、自分が状況を動かす側に立てないのです。
責任感だけでは人生を動かせない
家族を見捨てられないシマケンを責めたいわけではないんです。むしろ、その優しさがあるからこそ、彼は苦しいのでしょう。
ただ、責任感だけでは人生は動かない。
誰かの望みを受け入れるだけではなく、「自分はこう生きる」と言わなければ、りんとの関係も、彼自身の小説家としての人生も、どこかで立ち止まってしまいます。
第21週の題「定めと選択」というテーマは、まさにこの場面に重なります。定めに流されるのか。それとも、自分で選び取るのか。シマケンは今、その分かれ道に立っている‥。
第104話に集まった視聴者の反応
ネット上では、佳枝へのりんの対応に「優しい」「胸に迫った」と感じた人が多く見られます。手が動かないことへの佳枝の落胆を、単なる体調不良として流さなかったことが、視聴者の心にも残るのでしょう。
一方、シマケンをめぐっては、家族への同情とともに「なぜ東京で支える道を選べないのか」「りんに同行を求める前に考えることがあるのではないか」という戸惑いも生まれています。
しかしこれは、彼が悪い人だからではありません。優しいのに決められない、そのもどかしさが強く伝わったからだと思います。
よくある質問
筆者紹介|なおじ

なおじは、茨城県の公立小・中学校で35年間、社会科教師として勤務し、指導主事を5年、校長を11年務めました。退職後はボランティアで子どもたちの学びを支えながら、ドラマ・芸能・政治・歴史・スポーツ・旅・学び・書評などをテーマにブログを書いています。
『風、薫る』では、人物の台詞や出来事を追うだけでなく、明治の家族観、働く女性の選択、人が誰かを支えるときの心の動きにも目を向けていきます。