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風、薫る第3週あらすじ・直美の嘘と捨松の覚悟を元教師が読む

こんにちは、なおじです。

朝ドラ「風、薫る」第3週(第11話〜第15話)が4月13日から17日に放送されました。

今週のサブタイトルは「春一番のきざし」。

りんは東京・日本橋の瑞穂屋で新生活をスタートさせ、直美は鹿鳴館のメイドとして働き始めました。

ところが二人の「新生活」には、それぞれ複雑な事情が絡んでいて、なかなか一筋縄ではいかないんです。

この記事では、風薫る第3週のあらすじを話数ごとに整理しながら、史実ポイントや元教師ならではの視点も交えてお届けします。

この記事でわかること

  • 第11〜15話の各話あらすじと見どころ
  • 直美が「士族の娘」と偽った理由と捨松から学んだこと
  • りんの母・美津と妹・安が突然上京してきた背景
  • 謎の青年「シマケン」こと島田健次郎の登場
  • 小日向栄介の求愛を直美が受け入れた理由
  • 元教師が読む「史実ポイント」と捨松の会津籠城
目次

第3週の舞台は東京・日本橋と鹿鳴館

りんが働きはじめた「瑞穂屋」の雰囲気

第2週でりんを助けてくれた清水卯三郎(坂東彌十郎)が営む舶来品店「瑞穂屋」。

外国からの輸入品を扱う、明治らしい空気が漂う店です。

りんは店員として雇われ、さらに2階の長屋に娘・環とともに住まわせてもらうことになりました。

まともな住まいと仕事を同時にもらえるなんて、なかなか太っ腹な話ですよね(笑)。

卯三郎、第2週から「いい人」ぶりが際立っているけれど、第3週でも変わりませんでした。

👉関連記事:風薫る10話|卯三郎は何者か?直美の孤独が胸に刺さる

直美が目指した鹿鳴館という「舞台」

鹿鳴館

一方の直美(上坂樹里)は、鹿鳴館のメイドとして働き始めます。

メアリーからもらった洋服を着て臨んだ鹿鳴館への潜り込み、これがもう堂々としたもの。

なおじ的には「直美、思い切ったなあ」と思いながら観ていたんですが、大山捨松(多部未華子)の前で一芝居を打って見事に採用されてしまいました。

第11話・12話:シマケンの登場と直美の賭け

謎の青年「シマケン」は何者か

シマケン

第11話でりんの前に現れたのが、「シマケン」こと島田健次郎(佐野晶哉)。

フランス人の客がやってきて困っていたりんを助けてくれた、どこか軽やかな雰囲気の男性です。

「シマケン」という自己紹介がなんとも砕けていて、明治の世には珍しいキャラクターだなと感じました。

11話の感想記事では「勝海舟も登場の濃密回」と書いたんですが、この週はとにかく「新しい出会い」が重なった週でしたね。

👉関連記事:風、薫る11話|謎の男は何者か?勝海舟も登場の濃密回

👉関連記事:勝海舟は何した人?江戸を救った5つの偉業

直美が大勝負に出た第12話

直美

第12話では直美が鹿鳴館に本格的に潜り込み、捨松の前で「士族の娘」として一芝居を打ちます。

孤児として育ち、まともな生活を送るためには「使えるものは何でも使う」という直美の覚悟、そこにはなんとも言えない哀愁がありました。

35年間教壇に立ってきて思うんですが、こういう「嘘をつくことで生き延びようとした子」っていましたよ。

嘘そのものは肯定できないけど、その子がなぜ嘘をついたのかを考えると、簡単に怒れないんですよね。

直美の一芝居も、そういうふうに受け取りながら観ていました。

👉関連記事:風薫る12話│謎の青年シマケンと直美の大勝負

第13話・14話:捨松の史実と小日向の登場

「欧風芸者」と揶揄されても動じない捨松

捨松

第13話では、直美がメイドとして働きながら、貴婦人たちが捨松を「欧風芸者」と揶揄する場面を目撃します。

しかし捨松は全く動じない。

それどころか直美に、自分が12歳でアメリカに留学した経緯を語り始めるのです。

これは実話です。 大山捨松は1871(明治4)年、わずか12歳で津田梅子らとともに日本初の官費女子留学生として渡米し、約10年間アメリカで学びました。

社会科で「明治の女性史」を教えていたなおじとしては、このシーンが特に印象的でした。

捨松の「したたかさ」は、明治という時代を生き抜くための知恵だったんですよね。

士族の娘 嘘でまとった 春の風

👉関連記事:風薫る13話・直美が鹿鳴館デビューした日

アメリカ帰りの海軍中尉・小日向栄介が登場

小日向栄介

第14話では鹿鳴館に、海軍中尉を名乗る小日向栄介(藤原季節)が登場します。

「実直そうな青年」という第一印象で、頑なな直美の表情がついほころんだシーン、なんかよかったですよね。

直美のモデル・鈴木雅は、史実では陸軍少佐の鈴木良文と結婚しています。

ドラマでは「海軍中尉」と設定されていますが、軍人との縁談という点では史実を踏まえているようですね。

また同日、瑞穂屋にりんの母・美津(水野美紀)と妹・安(早坂美海)が突然やってきます。

理由は、りんの婚家だった奥田家が一ノ瀬家への仕送りを打ち切ったためだとなおじは思うんです。

これには「ひどい話だ」と思いつつ、でも奥田亀吉との関係を考えるとまあそういうことか、とも納得しました(笑)。

👉関連記事:風薫る14話感想・美津の決断と直美の急展開

第15話:捨松の会津籠城と直美の決断

9歳の捨松が体験した鶴ヶ城籠城戦

第15話のクライマックスは、捨松が直美に語った会津戦争の記憶でした。

わずか9歳の捨松が、家族とともに鶴ヶ城(会津若松城)に籠城し、炊き出しのおにぎりをもらったこと。

これも史実です。

捨松は1868年、会津戦争で家族とともに鶴ヶ城に籠城し、兵士たちが発砲した小銃弾を拾い集めて弾丸に変えるという作業にも携わっていたと伝えられています。

なおじが会津・戊辰戦争の話を授業で扱うとき、生徒がいちばん驚くのがこの「子どもたちも戦争に関わっていた」という事実でした。

捨松のセリフ「ここは張りぼてかもしれないけれど、使い方次第で私のやりたいことができる」という言葉は、そういう過去を背負った人間だからこそ重みがありましたね。

👉関連記事:会津の「什の掟」とは?7カ条で学ぶ江戸時代の武士教育システム

「私なのに」のつぶやきの意味

第15話で直美は、捨松との対話を経て、小日向栄介からの交際申し込みを受け入れます。

「士族の娘」と偽ったまま、です。

先週の第2週で直美が涙をこらえていた姿と重ね合わせると、直美がここで「嘘の上に乗っかった関係」を選んだことの重さがじわじわ伝わってくる気がします。

15話感想記事でも書いたんですが、「私なのに」という直美のつぶやきには、「本当の自分で勝負したい」という欲求と「でも本当の自分では生きていけない」という葛藤が詰まっていたように思います。

本当の 自分を脱いで 春支度

👉関連記事:風薫る15話感想|直美の「私なのに」のつぶやきの意味?

第3週の史実ポイント一覧

元社会科教師として、第3週に登場した史実の確認ポイントをまとめました。

ドラマの描写史実
捨松が12歳でアメリカ留学1871(明治4)年、官費女子留学生として津田梅子らと渡米。約10年留学(実話)
捨松が9歳で鶴ヶ城に籠城1868年・会津戦争。捨松(本名・山川捨松)が家族とともに鶴ヶ城に籠城(実話)
直美が「士族の娘」と偽るモデル・鈴木雅の身元詐称については記録なし。ドラマ的創作と思われる
直美のモデルが軍人と結婚史実では鈴木雅が陸軍少佐・鈴木良文と結婚(ドラマは海軍中尉として設定)
卯三郎が舶来品店を経営清水卯三郎は実在。幕末から明治にかけて貿易・文化交流に活躍した人物(実話)

👉関連記事:朝ドラ「風、薫る」放送期間・全130回と実在モデル2人

Q&A:第3週でよくある疑問に答えます

Q1. シマケンこと島田健次郎は実在の人物ですか?

シマケン=島田健次郎は、ドラマ上の人物だと思われます。

第11話でりんの前に突然現れ、フランス人客への対応を助けてくれた明るいキャラクター。

今後のりんの物語にどう絡んでくるかが第4週以降の注目ポイント。

現時点では史実上の対応人物は確認されていませんが、「瑞穂屋卯三郎と交流があった人物」という設定から、明治の商人層をモデルにしている可能性は十分考えられます。

Q2. 直美が「士族の娘」と偽ったのは、どんな意味があるんですか?

明治時代における「士族」の身分は、就職や結婚において大きな意味を持っていました。

孤児として育ち「平民」扱いの直美にとって、「士族の娘」という肩書きは鹿鳴館という上流社会に足を踏み入れるための「通行証」だったわけです。

社会科で明治の身分制度を教えてきたなおじとしては、この設定はなかなかリアルだと感じました。

「士族・平民」の格差は、制度上は1869年の版籍奉還で形式的に整理されましたが、実際の社会意識はそう簡単には変わらなかったのですよね。

Q3. 美津と安が上京した本当の理由は何ですか?

りん逃走

奥田家(りんの婚家だった家)からの仕送りが止まったからだと、なおじは考えています。

りんが亀吉のもとを去ったことで、奥田家は一ノ瀬家への仕送りを打ち切りました。

生活の目処が立たなくなった美津と安が、東京にいるりんを頼ってきたわけです。

りんとしては「嬉しいような、困ったような」という複雑な状況ですよね。

モデルとなった大関和の史実でも、父の死後に家族が困窮した記録が残っており、ドラマはその部分を上手に取り込んでいます。

Q4. 捨松の「欧風芸者」という揶揄は史実なんですか?

「欧風芸者」という言葉がそのまま史実にあったかは確認が難しいですが、大山捨松が明治社会で「西洋かぶれ」「アメリカ帰り」として揶揄されることがあったのは史実として伝わっています。

長年アメリカで暮らし、日本の因習にとらわれない行動様式をもつ捨松を、保守的な日本の上流社会の女性たちが快く思わなかったのは想像に難くありません。

それでも捨松が「動じなかった」のは、会津戦争の経験や留学での苦労があったからこそだと思います。

Q5. 第3週の「春一番のきざし」というサブタイトルの意味は?

「春一番」とは本来、立春後に最初に吹く強い南風のこと。

直美とりん、それぞれの「新しい生活のきざし」が第3週で動き始めた、という意味が込められているのでしょう。

ただし「春一番」には「嵐の前の強い風」というニュアンスもあって、直美の嘘がいつかほころびる予感、りんの家族問題が新たに生まれる予感……そういう「嵐の予感」も含んでいるタイトルのように感じました。

👉関連記事:一ノ瀬りんが看護を選んだ真相|朝ドラ風薫るWヒロイン

👉関連記事:[風、薫る第3週まとめ記事執筆後リンク予定:風薫る第4週あらすじ・5話の見どころ](記事執筆後リンク予定)

筆者紹介|なおじ

なおじは元社会科教師として教育現場に35年間携わり、指導主事を5年、校長を11年務めました。退職後もボランティアで子どもたちに学習を教えています。

社会科・歴史を長年教えてきたので、明治時代の史実との比較が得意分野です。

会津戦争や女性の地位、士族制度など、授業で実際に生徒に教えてきた内容がドラマに登場するたび、つい熱が入ってしまいます。

指導主事として授業研究にも携わり、教え子からは「歴史が面白くなる先生」と呼ばれていました。

現在は8つのブログでドラマ芸能政治歴史スポーツ学び書評を書いています。

風、薫る第3週

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