朝ドラ「風、薫る」43話(2026年5月27日放送)は、看病婦・永田フユの家の事情が一気に明かされた回です。
「恥を忍んでこの仕事に就いた」——そのひと言が、明治という時代の女性の現実を、鋭く突きつけました。

こんにちは、なおじです。
35年間、教育現場にいると「好きでこの仕事に就いた先生」と「生活のために仕方なく選んだ先生」の違いが、肌でわかります。
今回のフユの言葉は、他人事には聞こえませんでした。
読み終わるころには、「看病婦と看護婦の溝」がなぜ生まれたのか、そしてその溝がどう埋まっていくのか——その答えが、自分のなかでスッキリ整理されるはずです。
この記事でわかること
- 43話のあらすじ(フユの家庭事情・喜代・小野田里久)
- フユが「恥を忍んで」働く理由と明治の女性労働の現実
- りんと直美がフユの家を訪ねた意味
- 史実モデル「吉村セイ」との重なり
- 元教師なおじが読み取った「働く動機の違い」という主題
43話あらすじ│フユ、家の事情を語る

第9週「看病婦とアメ」の3話目にあたる43話。
りん(見上愛)は上等病室の患者をたくさん受け持つようになり、個室の患者の相手をする時間ばかりが増えて、肝心の手術介助の勉強がなかなかできません。
困った二人は、もう一度フユ(猫背椿)に頼みにいきます。
「お金じゃなく、知識を教える」という申し出
りんと直美(上坂樹里)は、42話で断られた「手術介助を教えてほしい」という申し出を、今度は形を変えて切り出しました。
「お金の代わりに、トレインドナースの知識を教える。だから看病婦としての経験を教えてほしい」——対等な交換です。
ところが、フユの返事は想像以上に激しいものでした。
「息子は家で待ってなんかないの。十になる前に奉公に出した、お金ないんだもの。亭主が足悪くして、仕方なく、恥を忍んでこの仕事に就いたの。私はあんたたちとは違ってこの仕事やりたくてやってるんじゃないの。他人の看病するくらいなら、家で亭主看てたいわよ。」
志望してこの職に就いた二人と、生活のためにやむなく就いたフユ。
その違いを、フユ自身が言葉にした瞬間でした。
休日、フユの家を訪ねた二人

声を荒げたフユの言葉を受けても、りんと直美はあきらめません。
休日に二人でフユの自宅を訪問します。
部屋に入ると、手術前の器械のように整然と並ぶカトラリー類——職場でのフユと同じ、几帳面さがそのまま家庭にも表れていました。
二人は、足の悪い夫・永田康介(シソンヌじろう)の洗髪や着替えを懸命に手伝います。
何も言われたわけでもなく、ただ手を動かした。それが、この場面の核心だと思います。
喜代と小野田里久│静かな伏線
不妊離縁の痛みを越えて

不妊を原因に離縁された過去を持つ泉喜代(菊池亜希子)が、若い看病婦ツヤ(東野絢香)に「子守りが楽しくなってきた」とこぼします。
セリフはほんの一言ですが、重さがある。
傷を負った人間が、同じ場所でもう一度笑えるようになるまでに、どれだけの時間がかかるか——教育現場でも、何度も見てきた景色です。
傷抱え それでも笑う 喜代の春
食欲が落ちてきた小野田里久

東雲ゆき(中井友望)と工藤トメ(原嶋凛)が担当している患者・小野田里久(宮地雅子)は、心臓が弱く、次第に食欲が落ちてきました。
「娘と3年も会っていない」と話す小野田の言葉は、軽く流せません。
「体を治す」だけが看護ではない——その問いを、この患者が静かに提起し続けています。
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元教師が読んだ「働く動機の違い」という主題

「好きで働く人」と「仕方なく働く人」
35年間の教育現場でつくづく思ったのは、「好きでこの仕事に就いた人」と「生活のためにやむなく選んだ人」では、日常の言動がまるで違うということです。
どちらが正しいとか、どちらが優れているという話ではありません。
フユの怒りは、無邪気に「看護が好き」と言えるりんや直美への複雑な感情の表れです。それは羨望でもあり、自分の置かれた現実への悔しさでもある。
「仕事をやりたくてやっている」という選択肢が最初からない人が、明治には大勢いた。
フユは、そういう時代の女性の代表として立っています。
「好き」があれば仕事はうまくいくのか
ここで少し、なおじの「うがち」を入れさせてください。
りんたちは「看護が好き」「志があって就いた仕事」です。でも、フユの手術介助の腕前はりんたちより圧倒的に上でした。
好きだから上手いわけじゃない。
必要に迫られて積み上げた技術は、情熱から積み上げた技術に負けない——それどころか、厳しい現実を生き抜いてきた分だけ、フユの技術には「本気」が宿っているのかもしれません。
「えっ、好きで就いた仕事じゃないのに、なんであんなにうまいの?」——りんたちへの最大の問いが、ここにあると思います。
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フユのモデル「吉村セイ」が語る史実

帝国大学医科大学の名手
史実において、主人公のモデル・大関和(りんのモデル)が最初に「手術介助の見事さ」に目を奪われたのは、帝国大学医科大学第一医院(現・東大病院)で働いていた年配の看病婦「吉村セイ」でした。
田中ひかる著『明治のナイチンゲール 大関和物語』には、こう記されています。
「手術室に入り、見学していた和の目を引いたのは、スクリバに手術器具を手渡してる年配の看病婦の見事な手さばきであった。」
ドイツ人外科医・スクリバの手術で、器械出しを完璧にこなす吉村セイの姿です。
大関和が頭を下げた相手

大関和はこの手術の後、吉村セイに「教えてほしい」と頭を下げました。
「トレインドナース」という正規の訓練を受けた見習い看護師が、無資格の看病婦に教えを乞う。身分もプライドも関係なく、「うまい人に習う」という純粋な姿勢がそこにあります。
吉村セイは引退を間近に控えながらも、快諾してくれたといいます。
第一期生の一人・広瀬梅には「母のように慕われていた」という記録も残っています。
フユがこれほど丁寧に描かれているのは、史実の吉村セイへのリスペクトが込められているのかもしれません。
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「仕事が嫌い」な人が、いい仕事をしていた──なおじの考察

教室で何度も見た景色
「嫌々でも続けた人が、気づけば誰よりも丁寧になっていた」——これは、教育の場では珍しくない話です。
最初は「食えるから」先生になった人が、20年後には生徒の信頼が一番厚い、ということがある。フユの姿は、そういう「時間が人を変える」リアルとも重なります。
好きでなくても、続けた。続けたから腕が上がった。腕が上がったから、プライドが生まれた——それがフユの現在地なのかなと、元教師としては思います。
好きじゃない それでも磨いた その指先
りんと直美に欠けていたもの
43話のりんと直美は、「教える・教わる」の話に終始していました。
でも、フユに必要だったのはそこじゃなかった。
「わかってほしい」という気持ちなんじゃないでしょうか。
りんが手術の腕前を褒め、直美が知識の交換を提案しても、フユは心を開かなかった。でも、休日に二人が家を訪れて夫の洗髪を手伝ったとき、何かが変わり始める。
「わかってくれる人がいる」——それだけで、人は仕事の意味を見つけ直せることがある。
この朝ドラは、看護技術の話だけしていない。そこが好きです。
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よくある質問(Q&A)
Q. 永田フユは史実に実在する人物ですか?
A. フユの直接のモデルは、帝国大学医科大学第一医院で働いていた看病婦・吉村セイだと考えられます。大関和(りんのモデル)が手術室で見て衝撃を受け、後に教えを乞うた相手です。ドラマでは「仕方なく就いた仕事」と描かれていますが、史実の吉村セイは引退前まで熱心に後進を育て、第一期生の広瀬梅に母のように慕われていたと記録に残っています。
Q. 小野田里久はこの後どうなりますか?
A. 45話では、心臓の弱い小野田が意識を失う場面が描かれます。「娘と3年会っていない」という伏線がどう回収されるか、今後の展開の見どころの一つです。(以降はリアルタイムの放送でご確認ください)
Q. 看病婦と看護婦は何が違うのですか?
A. 「看護婦」はバーンズ先生(生田絵梨花)のもとでトレーニングを受けたりんや直美のような「訓練を受けた正規の看護師」です。一方「看病婦」は病院に古くからいる女性スタッフで、資格ではなく経験と慣習で仕事をしてきた存在です。明治期の日本では両者の間に制度的・感情的な溝がありました。
Q. 泉喜代のエピソードはなぜ43話に入っていたのですか?
A. 喜代の「不妊で離縁された」という過去は、フユの「仕方なくこの仕事に就いた」という境遇と並べることで、「傷を持ちながらも働き続けた女性たち」というテーマを多層的に描く効果があったと思います。フユだけでなく、喜代も、そしてりんも——それぞれの形の「諦め」と「再生」を抱えています。
Q. りんが上等病室の患者を担当するようになったのはなぜ?
A. 41話で、病院側がりんの「元家老の娘」という出自を知ったことがきっかけです。バーンズ先生は「看護は仕事であり奉仕ではない」とプロ意識を説いていましたが、身分や出自が実務に影響してしまうのが明治の現実でもありました。
よくある質問(Q&A)
筆者紹介|なおじ
なおじは元社会科教師として教育現場に35年間携わり、指導主事を5年、校長を11年務めました。退職後もボランティアで子どもたちに学習を教えています。
社会科・歴史を長年教えてきたので、時代背景や史実との比較が得意分野です。明治の女性労働についても、授業で何度も扱ってきたテーマです。