
こんにちは、なおじです。
朝ドラ「風、薫る」29話、見ましたか?
尿瓶をラムネの瓶と見間違える笑いから始まって、シマケンとりんの胸熱な会話、そして多江の倒れる衝撃ラストまで。
今回は**「何者でもない者同士が励まし合う」**という、なおじが一番刺さったテーマについて、じっくり感想をお伝えします。
この記事でわかること
- 「文選(ぶんせん)」とは何か——明治時代の活字工の仕事内容
- シマケンが小説家を目指していることが明らかになった29話の展開
- りんとシマケンが語り合った「何者でもない者同士」の共鳴の意味
- 「疝気(せんき)」とは何か——多江の父が言い張った病名の正体
- 直美が長屋を訪ねた場面に隠された「40がらみの女」の伏線
- 多江が「養成所をやめます」と宣言して倒れた衝撃ラストの考察
- りんが多江の手に触れた場面が29話のテーマと重なる理由
尿瓶をラムネ瓶と思ったりんの笑い

バーンズ先生の質問と、りんの天然解答
養成所での実習。バーンズ先生が尿瓶を示して「これは何をするものか」と問いました。
すると、りんは**「飲み物を寝ている患者に与えるものでは?」**と、真顔で答えた。
さすがのバーンズ先生も苦笑い。
「これは尿瓶です」と、穏やかに教えるバーンズ先生、優しいよねえ(笑)。
なおじが35年、教師をやってきて思うのは、こういう天然ボケをする子ほど、後から本当に伸びるんですよ。「失敗を恥ずかしいと思わない子」は強い。
りんは、まさにそのタイプです。
ラムネの瓶が記憶を呼び起こした
場面は変わって、街を歩くりん。
ラムネの瓶を見た瞬間、尿瓶のことを思い出して苦笑いをする。
ラムネ瓶 見るたびりんは 赤くなる
この一場面が好きです。笑いの余韻を引きずりながら歩いているりん。
の笑顔のまま歩いていたら、シマケンとばったり顔を合わせることになります。
👉関連記事:朝ドラ「風、薫る」キャストとあらすじ総まとめ
文選工・シマケンの仕事を読み解く

「文選」とはどんな仕事か
りんが街を歩いていたのは、新聞社の前。そこでシマケンとばったり出会います。
りんは「シマケンは新聞記者なのか?」と聞いた。
シマケンの答えは、新聞記者ではなく、文選(ぶんせん)・活字工という仕事をしていると教えてくれた。
「文選」、なおじも初めて聞いた言葉でした。それでネットで調べてみました。
「文選」の漢字はこれで正しい。「ぶんせん」と読みます。
仕事の内容は、原稿に従って活字棚から一本一本活字を手で拾い集め、版を組んでいく作業です。
文選工は右手の指で一本ずつ活字を拾い、左手に「文選箱」と原稿を持って作業した、とあります。
たくさんの活字の中から、必要な言葉を一文字ずつ手で選び取る。
「たくさんの中から言葉を拾う」——りんが「シマケンにぴったりの仕事だ」と言ったのは、鋭い。本当にそうです。
シマケンが活字工になった理由
しかしシマケンはりんに、「この仕事がやりたいわけでもない」とぼそっと言う。
やりたいわけじゃない。でも、やっている。
35年教師をやってきたなおじから見ると、この発言は「仕事だから仕方なく」ではなくて、「自分には別の夢がある」という伏線に聞こえました。
案の定、シマケンは新聞の文字を示します。
そこには——「小説 浮雲」と書いてあった。
👉関連記事:風、薫る28話りんが泣いた看護の答えを元教師考察
シマケンは二葉亭四迷?ではなかった

「小説浮雲」と二葉亭四迷の史実
「小説浮雲」——これを見て「えっ?シマケンは二葉亭四迷なの?!」と思った視聴者、なおじだけじゃないはずです。
『浮雲』は、二葉亭四迷が1887年(明治20年)に発表した近代小説の先駆けです。
日本語で言文一致体(話し言葉に近い文体)で書かれた最初期の近代小説で、「日本近代文学の出発点」とも呼ばれています。
まさに「風、薫る」の時代に生まれた作品だったんですね。
シマケンは小説家を目指している青年だった
ところが、シマケンの答えは違いました。
「実は自分は小説家を目指している」のだと。
二葉亭四迷ではなく、小説家を目指す無名の青年・シマケン。
「だから今、自分は何者でもない」とりんに告げた。
この「何者でもない」という言葉が、29話のキーワードになります。
「今は何者でもない」が二人をつないだ

りんのひとことがシマケンに火をつけた
「今は何物でもないかもしれないが、1年後はわからない」
りんが、そう返した。
さらに「読んでみたいです、シマケンさんの小説」と言う。
こんなことを言われたら、やる気が出ちゃうよな、シマケン。
シマケンは**「読んでもらえるものが書けるよう精一杯励みます」**と答えた。
元教師のなおじ、この場面に思わず胸が熱くなりました。
教壇に35年いて思うのは、「誰かに期待される」という経験が、人の背中を最も強く押すということです。
成績表でも叱咤でもなく、「読んでみたい」のひとことです。
りんも「何者でもないただのお母さん」

するとりんは、自分も今、看護婦になることに「少しわくわくしている」と話す。
「病気や怪我をしている人の手助けをして、それでお金がいただけるなんてありがたい」——そう思えるようになったと。
「私もいつか、冷たいけど温かい手だって言ってもらえたら」
自分が看護した人が、元気になって大人になって会えたら嬉しいだろうな、とりんは続けた。
でも、りんは付け加える。
「自分も勉強し始めただけで、何者でもないただのお母さんだ」と。
何者か まだわからぬが 春の風
「何者でもない者同士」が、互いの夢を語り合った。この29話の核心は、まさにここにあります。
👉関連記事:風、薫る相関図|登場人物50人を5グループ別に読み解く
直美・多江のそれぞれの29話

直美の長屋訪問——40がらみの女の伏線
直美は、以前住んでいた長屋を久しぶりに訪ねました。
その長屋には、直美が出て行った後に「人を探している40がらみの女の人」が来たという話が‥。
「自分を捨てたお母さんが、自分を探しに来たのかもしれない」——直美は淡い期待を持ちます。
しかし住人は「探しているのは男の子だ」と言った。
でも、どうもこの発言、怪しい。
住人たちが何かを隠しているように見えた。
40がらみの女が直美の母という伏線は、まだ消えていないと、なおじは見ています。
シマケンはすでに近所の人気者だった

そして、この29話で一番笑ったのはここです。
りんが帰ってくると、近所の女将さん(島田)が「あら、シマケンさん」と言い、「りんも」とついでのように加える。
安間でも、美津さんが「シマケンさん来たよ」と呼ぶと、安が「あら、シマケンさん」と出てきて、「お姉さん”も”」と「も」をつけてりんを迎える。
「も」です。りんより先にシマケンの名前が出てきている(笑)。
なおじ、吹き出しました。
シマケンはいつの間に、りんの家の人たちや周辺住民と仲良くなっていたんですか。
なんていうか、草の根の外交力がすごい。
👉関連記事:風、薫る27話・「全て看護」多江の反乱と直美の癒し
多江の父の「疝気」発言と倒れる衝撃ラスト
脚気と疝気——多江の診断眼と父の頑固さ

多江の父の病院に、気になる患者がいた。
多江は一目見て「この患者は脚気(かっけ)だ」と判断する。
脚気はビタミンB1欠乏症による病気で、明治時代の日本で非常に多かった病気です。
足のしびれ、むくみ、心臓への影響が出ることもある。
しかし多江の父は「疝気(せんき)だ」と言い張った。
疝気とは何か。
漢方の言葉で、「下腹部や睾丸が腫れて痛む病気の総称」のことです。
つまり、症状がまったく別の方向です。
多江の父は医者としてのプライドが高く、自分の診断を曲げられない。
でも多江の見立ての方が正しい可能性が高いですよ。
かつて医者になろうと猛勉強し、養成所で観察眼を養っている多江の眼力は本物なのに、父が全力で塞いでいる——この理不尽さが29話のもう一つの軸です。
「やめます」の宣言と、倒れる多江

夜、寮での夕食後。りんが「明後日の日曜日、みんなで出かけませんか」と提案する。
すると多江は「自分は行けない」と即答。
さらに、「今から皆さんと懇親する必要もない。この養成所を辞めます」と、みんなの前で宣言。
——そして倒れた。
ここ、29話の一番の衝撃です。
多江の「やめます」は、SOSですよね‥。
友達の作り方がわからない、父に反対されている、見合いの日取りまで勝手に決められている。
全部を抱えたまま、限界が来たのではないか。
多江の看護をするりん。
りんは倒れた多江の手に、自分の手をそっと添えた。
「冷たいけど、温かい手」——29話の最後に、りんが言っていた言葉が、そのままリアルになった瞬間でした。
バーンズ先生のベッドに横たわる多江を看護するりん‥。
これは、看護です‥。
29話はここで終わります。
(余談ですが、朝ドラ受けでも話題になっていた「バーンズ先生の枕、高級そう」は、なおじも気になりました。あれ、いい生地ですよね)
👉関連記事:風、薫る26話感想|バーンズ先生の厳しさはシーツ引きから!
Q&A|29話でわかった疑問に答えます
「文選(ぶんせん)」って何ですか?
「文選」は、活版印刷において原稿に従って活字棚から一文字ずつ活字を手で拾い集め、版を組む作業・またその職人を指します。
右手で活字を一本ずつ拾い、左手に文選箱(活字を並べる箱)と原稿を持ちながら作業しました。
熟練の職人は1日に14〜15箱を拾うのが一人前とされたそうです。
明治時代の新聞や文学作品の出版を支えた、縁の下の力持ちの仕事です。
「脚気」と「疝気」はどう違いますか?
脚気(かっけ)は現代でも知られるビタミンB1欠乏症で、足のしびれや心臓障害を引き起こします。明治時代の日本では深刻な国民病でした。
一方、疝気(せんき)は漢方の概念で、下腹部や睾丸が腫れて痛む病気の総称です。
多江の父が「疝気だ」と診断したのは、症状の見立てが全く方向違いの可能性があります。
「浮雲」は実在する小説?
はい。『浮雲(うきぐも)』は二葉亭四迷が1887年(明治20年)に発表した近代小説です。
言文一致体(話し言葉に近い文体)で書かれた日本の近代文学の出発点とも言われ、主人公・内海文三の不甲斐ない生き方が描かれています。
「風、薫る」の時代(明治20年前後)にちょうど刊行された作品なので、ドラマへの登場はリアルな時代考証です。
シマケンは二葉亭四迷がモデルですか?
シマケンは二葉亭四迷ではなく、架空の登場人物です。ただ、「小説家を目指す青年が明治20年代に『浮雲』という言葉に触れていた」という場面は、時代考証としてリアルです。ちょうどその時代に『浮雲』が世に出たのですから。
二葉亭四迷は東京外国語学校でロシア語を学びながら文学を目指した人物で、実際に新聞社にも関わっていました。
シマケンのモデルが誰かは今後の展開で明らかになるかもしれません。しかし、今のところ謎の人です。
多江はなぜ養成所をやめると言ったのでしょうか?
多江は医者になる夢を父に反対され、見合いの日取りを勝手に決められ、追い詰められていました。
「やめます」という宣言は、突き放した言い方に見えて、実は仲間にSOSを出していたのではないかと、なおじは思います。
ツンケンした言い方をする子ほど、本当は一番助けを必要としている——35年の教師経験から、そういう子を何人も見てきました。
りんがその気配を読み取ったのは、さすがです。
筆者紹介|なおじ
なおじは元社会科教師として教育現場に35年間携わり、指導主事を5年、校長を11年務めました。退職後もボランティアで子どもたちに学習を教えています。
社会科・歴史を長年教えてきたので、時代背景や史実との比較が得意分野です。今回の「文選工」や「疝気」のような言葉も、実はとても大切な歴史的背景を持っています。朝ドラは「歴史の授業」と同じで、知識が増えるほど面白くなります。(なおじの個人的見解ですが‥。)