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風、薫る28話|りんが見つけた「看護とは何か」元教師なおじの考察

風、薫る 授業風景

こんにちは、なおじです。

風、薫る28話、なおじ、泣けました。

「考えなさい。自分の頭で考えなさい。」

このバーンズ先生の一言。
視聴者の方からは「効率が悪い」という声も届いていると、なおじの前の記事のコメントにもありました。

でも今回の28話を見て、なおじははっきり思いました。
バーンズ先生の指導法は、正しい。

りんが、看護とは何かという答えを、自分事として見つけた瞬間。
その瞬間に立ち会えた気がして、もう涙が止まらなかった。

この記事では、風、薫る28話のあらすじと感想、バーンズ先生の指導の深さ、そして「学び」とはどういうことかを、元教師なおじの視点で掘り下げてみます。

この記事でわかること

  • 風、薫る28話のあらすじ(第6週「天泣の教室」)
  • 天泣(てんきゅう)とは何か、その意味
  • バーンズ先生「考えなさい」の指導法の本質
  • りんが涙した理由と看護への覚醒
  • 多江・トメ・直美それぞれの成長の萌芽
  • 元教師なおじが見た「効率vs効果」の学習論
目次

天泣とは何か│第6週のタイトルの意味

晴れているのに雨が降る、不思議な現象

第6週のタイトルは「天泣の教室」。

天泣(てんきゅう)とは、雲がほとんど見えないのに雨が降る気象現象のことです。

晴天なのに雨粒がぱらぱらと落ちてくる。

「狐の嫁入り」という呼び方のほうが馴染みがある方も多いかもしれませんね。

雨が落ちてくる途中で雲が消えてしまうために起こるらしいのですが、見ている側にとっては、理由もわからないのに雨に濡れる、という体験をします。

なんか、今のりんたちの状況に似ていませんか。

なぜシーツ交換なのか、なぜ掃除なのか、なぜ顔を近づけてはいけないのか。
理由がわからないまま、ただ雨に打たれている。

それが「天泣の教室」。うまいタイトルだなあ、と思いました。

天泣が象徴する「りんたちの試練」

26話から続くバーンズ先生の授業は、最初からずっとこの天泣状態です。

理由がわからない訓練の連続。

でも今回28話で、その雨が晴れ上がる瞬間が来た。
りんにとっての「天泣の終わり」が、この28話だったんじゃないかなとなおじは思います。

28話あらすじ│コロリ患者の着替え訓練

多江・松江先生・りん、それぞれの朝

里帰りから戻った多江は、実家からお見合いをすすめられていました。

松江先生が「なぜ日本髪に戻したのか」と詰め寄る場面では、直美が多江をかばいました。

直美と多江、ずいぶん仲良くなりましたよね。
26話のころは、「この二人、仲良くなれるのかな」と心配していたなおじとしては、ちょっとうれしい展開です。

一方りんは、「(わたしが)髪を洗うためのお湯を沸かす」と多江に声をかける。
こういう何気ない日常の1シーンに、人間関係の変化が映し出されていますよね。

それがこの朝ドラのうまいところだよなあ、とうなってしまいます。

コロリ患者の着替え訓練が始まる

この日の授業は、コロリ(コレラ)患者の着替えをさせる模擬訓練。

りんはトメを相手に、着替えの練習をしていました。

練習しながら、どうしても父親を看病していたときのことを思い出してしまう、りん。

トメが咳き込んだ瞬間、りんは思わず顔を近づけてしまった。

すると松井先生がバーンズ先生の言葉を日本語に翻訳。
「不必要に顔を近づけない。感染の危険が高まります。」

りんは「あ、つい」と答えましたが、これ、わかるよなあ。

苦しんでいる人が目の前にいたら、自然に顔を近づけてしまう。それが人間というものです。

でも看護婦としては、そうはいかない。そこに、訓練の意味がある。

バーンズ先生の一言│「家族をコロリで亡くしていますね」

さすがの観察眼、バーンズ先生

トメが咳をして、りんが顔を近づけてしまったその瞬間。

バーンズ先生がすかさず言いました。

「りん、あなたは家族をコロリで亡くしていますね。」

えっ、なぜわかるの!?というのがなおじの最初の反応でした(笑)

りんが「どうしてわかるんですか?」と聞くと、バーンズ先生は「オブザベーション(観察)」と答えた。

そう、バーンズ先生は常に観察している。
食事中に寮生たちが「バーンズ先生は物の怪じゃない?目が背中にある」と言っていましたが、笑えない話ですよね(笑)

直美が「見てるんじゃなく、聞いてるのかも」と言ったのも鋭い。
会話は日本語だから聞き取れないけれど、声のトーンや体の動きで読み取っている。
それがバーンズ先生の「観察」なのかもしれません。

りん、4年前の記憶を話す

りんは正直に答えました。

「コロリで、4年前に父を亡くしました。」

「私、何もできなくて、1人っきりで死なせてしまいました。」

「父は私にうつさないように、納屋にこもって‥」

この言葉、重いですよね。

父親は娘を守るために自分を隔離して、一人で苦しんで亡くなった。りんはその父の死に目に立ち会えなかった。

この記憶が、りんの心の中にずっとあったわけです。

だから患者が苦しそうにしていると、どうしても顔を近づけてしまう。
そのフラッシュバックのリアルさが、見ていて胸に刺さりました。

「考えなさい」の真意│バーンズ先生の教育哲学

風、薫る26話

「恥ずかしい」という言葉の衝撃

りんの告白に対して、バーンズ先生は毅然として言いました。

「患者は家族ではありません。あなたは看護婦になるんですよ。恥ずかしい。

直美がすかさず「what?何が恥ずかしいんですか?」と口を挟みました。

視聴者の皆さんも、「えっ?なんで恥ずかしいの?」と感じた方が多かったと思います。

なおじも分かるけど、「ちょっと言い方きつくないか」と思いました。

でも、バーンズ先生はここで何を伝えたかったのか。
後から振り返ると、「恥ずかしい」という言葉は、りんに考えさせるための問いかけだったのではないかと思います。

りんが反論する、その勇気

りんは続けました。

「私は、目の前に苦しんでいる人がいたら、見捨てることはできないです。」

するとバーンズ先生は言った。

「あなたは今、大勢の人を見捨てたのと同じです。」

りんは、ついに泣きながら言います。

「どういうことですか、教えてください。ここにいる誰も、看護婦を見たことがないんです。だから、初めてだからわからないんです。何でシーツにこだわるのか、何が看護で、何が看護じゃないのか。」

これ、すごい言葉だと思いませんか。

相手は、ナイチンゲールに学んだスコットランド人の教師ですよ。
明治の日本で、十代・二十代の女性が、こんなに真正面からぶつかっていくとは。

でもバーンズ先生は、ここでも答えを与えない。

考えなさい。自分の頭で考えなさい。

「効率と効果」│元教師なおじが見た指導法の深さ

「教えてくれればいいのに」という声について

記事の読者さんからのコメントに、「バーンズ先生のやり方は効率的でない」という声がありました。

確かに、そうです。

「看護婦として感染から自分を守ることが、大勢の患者を救うことになる」という答え。これ、最初から言えば済む話じゃないか、と‥。

でも、なおじはそうは思わない。

35年間、教室に立ってきて、痛感していることがあります。
知識として「分かった(漢字・分かった)」と、自分事として「わかった(ひらがな・わかった)」は、全然違う。

分かったと 言えど染まらぬ 頭かな 

これ、本当にそうなんですよ。

「わかる」までの道筋

「一を聞いて十を知る」という言葉がありますが、それは前提知識と経験の土台がある人の話です。

りんたちにとって、「看護婦」という職業は、まだ日本に存在していない概念です。
「なぜ顔を近づけてはいけないか」「なぜシーツを清潔に保つのか」
それを知識として覚えるのと、体で感じ、頭で考えて理解するのは、まったく別のことです。

なおじが指導主事時代に、よく授業研究でも言っていたことがあります。

「知識は教えられる。でも、学力は自分で育てるしかない。」

バーンズ先生が「考えなさい」と言うのは、りんに学力を育てさせているんです。

👉関連記事:風、薫る27話・「全て看護」多江の反乱と直美の癒し

体験(気づき)→経験(価値判断)→わかる、というプロセス

「体験」は誰でもできます。でも「経験」に昇華するには、振り返りが必要です。

りんは今回、着替え訓練という「体験」をし、父の記憶(後悔・価値判断)という「経験」を呼び起こし、バーンズ先生の問いかけによって「自分事としての理解(わかる)」を得た。

そしてその理解(わかる)は、単なる知識としての分かることでは足りない。
自分事として『わかる(価値観など、様々な体験・経験と結び付いたネットワーク)』こと。

りんにとっては、一言で言えば「大勢の患者を助けるために、まず自分を守る看護婦であること。」

これが「自分事としてわかる」ということです。

単なる知識として「分かる(わかったつもり)」から、「ひらがなのわかる(真の理解)」へ。
なおじが教壇でずっと目指してきたことと、まったく重なります。

りんの答え│最後のシーン

りん

直美の口を拭う、りん

患者役の直美の口を丁寧に拭うりん。

バーンズ先生が言いました。

これが看護です。

そしてりんに問う。「何を考えて看護したのか?」

りんの答えはこうでした。

「患者さんを清潔に心地よく着替えさせること。そして訓練を受けた看護婦として、まず自分自身を感染させないように努めました。私を大事に思う人たちのために。

この3段構えの答え、すごいと思いませんか。

患者のため、自分のため、そして自分を大事に思う人のため。

この3つ目の「私を大事に思う人たちのために」という言葉、なおじにはずっしり来ました。

バーンズ先生、しめの言葉

バーンズ先生はりんに言いました。

あなたたちの手は、家族の数百数千倍の人を助ける手なんです。あなたが看護婦になれば、家族を失いあなたと同じ思いをする人を減らすことができます。

この言葉、話せば2〜3分。

でも、この言葉を学習の最初の段階で言っても、りんたちには届かなかっただろうと思います。

体験があって、葛藤があって、問いかけがあって、自分で考えて、やっとこの言葉が「自分事」として入ってくる。

その段取りを、バーンズ先生は最初からわかってやっていた。

確かに効率は悪いかもしれないが、効果は圧倒的に高い。

「効率と効果、この案配を見極める力こそ、教師の実力」と、なおじはそう思っています。

りんはこのあと言いました。

「もしそんなことができるなら、私にとってこれ以上向いてる仕事はないかもしれません。」

よかった、りん。本当によかった。

多江・トメ・直美の変化│それぞれの一歩

トメの告白

暗い雰囲気の食事の場面で、トメが突然言いました。

「おら、りんさんに背中ばさすってもらって嬉しがった。でも、おらさはできねと思った。」

トメは自分がコレラにかかってしまったら、お母さんが苦しむ。だから怖い。

方言のまま、この告白。

なおじ、じんわりしました。

トメは看護をただの「仕事」として考えているんじゃなく、自分の家族との関係の中で、看護の意味を感じ始めているんですね。

そして、この言葉が、りんの「わかる」に繋がる気付きを生んだのかも‥。

直美の言葉と多江の沈黙

直美が、りんと2人きりの時に言った言葉‥、

「家族がいたらいたで大変なんだね。自分の親を看病するみたいに看護していったら、りんさんきっとすぐに死んじゃうよ。」

この一言、さらっと言ってるけど、深い。

直美は感情型に見えて、実は本質を見る力がある。

そして、この会話を多江が聞いていました。

多江は何を感じたのか。

なおじの見立てでは、多江はこのとき「看護とは何か」を、初めて心で考え始めたんじゃないかと思います。

26・27話で「なんで掃除ばっかりなんですか!」と反抗していた多江が、静かに考えている。

これも、茨城で言う「漢字・分かる(知識としての分かる)から、ひらがなのわかる(真の理解)へ」の筋道の入り口‥。
多江にとっての大切な一歩になると、なおじはそう感じました。

👉関連記事:風、薫る26話感想|バーンズ先生の厳しさはシーツ引きから!

校長先生のうがち│松井先生との対比

松井先生、校長先生に直訴

松井先生が校長先生に「バーンズ先生に、もう少しわかりやすく教えてくれるよう話してくれないか」と直訴しました。

ところが校長先生は、これをサラッと流した。

さらに授業を覗いていた校長先生が、りんの成長を目の当たりにして、「問題ないようですねえ」と松井先生に呟いて去って行く。

この校長先生、なおじは好きです(笑)

真剣すぎず、でも本質を見ている。

「余裕のある観察眼」というのは、指導者にとってとても大切な資質だと思います。

なおじも校長時代、こういう「うがちのある余裕」を持てていたかなあ。
正直に言えば、もう少し持てていたら良かったな、と反省することもあります(笑)

Q&A|風、薫る28話よくある疑問

Q1. 天泣(てんきゅう)とはどんな現象ですか?

天泣とは、雲がほとんど見えない晴天のときに雨が降る気象現象です。
降り始めた雨粒が落下する間に雲が消えてしまうために起こると言われています。
「狐の嫁入り」と同じような現象を指すこともあります。「天泣の教室」というタイトルは、りんたちが理由もわからないまま試練に打たれる様子を表しているとなおじは解釈しています。

Q2. バーンズ先生が「恥ずかしい」と言ったのはなぜですか?

「恥ずかしい」という言葉は、答えを教えるためではなく、りんに自分で考えさせるためのものだったとなおじは解釈しています。
看護婦として患者に感情移入しすぎることで、自分が感染し、結果的に大勢の患者を助けられなくなる。その矛盾を、りん自身に気づかせるための問いかけだったのではないでしょうか。

Q3. バーンズ先生のモデルは実在しますか?

バーンズ先生は、ナイチンゲールに学んだスコットランド人の看護教育者がモデルと見られています。
日本初のトレインドナース養成所という設定は史実をもとにしており、明治18年(1885年)に日本で初めて看護婦の養成所が誕生した歴史と重なります。

Q4. りんが「私を大事に思う人たちのために」と言った意味は?

看護婦として自分を守ることは、「患者のため」だけではなく、「自分を心配している家族・仲間のため」でもある、という気づきをりんが表した言葉です。
自分の命を大切にすることが、周りの人を守ることにつながる。この視点は、単なる職業倫理を超えた人間的な成長の表れだとなおじは感じました。

Q5. 多江はこの先どう変わっていくのでしょうか?

28話の段階では、多江は直美とりんの会話を静かに聞いていました。
「看護とは何か」を心で考え始めた多江が、これからどう行動するか。
27話での反抗から一転、28話での沈黙は、大きな成長の前触れかもしれません。なおじは次の展開がとても気になっています。

筆者紹介|なおじ

なおじは元社会科教師として教育現場に35年間携わり、指導主事を5年、校長を11年務めました。
退職後もボランティアで子どもたちに学習を教えています。

社会科・歴史を長年教えてきたので、時代背景や「学び」の本質との比較が得意分野です。指導主事として授業研究にも携わり、「効率と効果」をめぐる議論は、教育現場でもずっと続いてきたテーマです。バーンズ先生の指導法は、なおじが現役時代に目指していたものと重なります。

現在は8つのブログでドラマ芸能政治歴史スポーツ学び書評を書いています。

風、薫る28話

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