『風、薫る』第124話は、胃がん手術後のシマケンを看護するりんの前で、言えなかった別れの理由がほどけ始めた回。
また、セツの「看護婦になりたい」という一言は、りんと直美を養成所づくりへ動かします。
病床には不安があり、養成所には希望がある。
第124話は、その両方を逃げずに置いた回でした。
りんを見つめるシマケンの目と、看護婦になりたいと口にするセツの声。どちらも、これまでの時間を抱えた言葉ではなかったでしょうか。

この記事のポイント
Q1. 『風、薫る』第124話で、りんとシマケンの関係はどう動いた?
りんは、シマケンが甥を育てるために自分のもとを去った事情を知り、胃がん手術後のシマケンを看護します。病床で向き合う二人には、言えなかった別れの時間まで重なっていました。
Q2. セツはなぜ看護婦になりたいと言った?
セツは「自分も看護婦になりたい」と決意を打ち明けました。ツヤが恵風看護婦会で新たな一歩を踏み出す姿を見てきたことも、セツが自分の生き方を選ぶ後押しになったと考えられます。
Q3. りんと直美が看護婦養成所を作ろうとした理由は?
りんと直美は、セツの看護婦志望を喜び、新たに看護婦養成所を作ることを思い立ちました。資格試験の合格だけでなく、患者に信頼される看護婦を育てようとした決意が、この構想に込められています。
『風、薫る』が全26週・130回で描いてきた歩みを振り返ると、第124話の養成所構想は、物語の終盤に置かれた大きな曲がり角に見えてきます。
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作品全体の放送構成と、物語の背景にある実在モデルの歩みを確認できます。
シマケンを看護するりんに、別れの理由が重なる
りんは、シマケンが甥を育てるために自分のもとを去ったことを、甥の口から聞きました。病床で看護する相手が、かつて何も告げずに去った相手でもある。その事実が、りんの胸に静かに落ちたはずです。
りんが知った「去った理由」の重み
「なぜ言ってくれなかったのか」などと、りんは一言も言わない。責める前に、りんはシマケンを看護する側に立っている。ここが苦しい。
シマケンは、甥を育てるためにりんのもとを去った。りんがその事情を本人ではなく甥の口から聞いたことで、二人の別れは単純なすれ違いではなくなりました。病床にいるシマケンを見つめるりんには、今の痛みだけでなく、あの時に言えなかった言葉まで重なっていたように見えます。
この気持ちが、シマケンのりんを見つめる「物言いたそうな目」の正体なのでは‥。
なおじには、二人が恋の答えを蒸し返すのではなく、病室の静かな時間のなかで、言えなかった過去にようやく触れ始めた場面に映りました。シマケンがりんを見つめる目は、言葉より先に何かを伝えようとしているようでした。
小康状態だからこそ、明日が怖い
画面の上では、ひとまず小康状態に見える。それでも、りんを見つめるシマケンの目が、なおじには妙に心に残るんです。
甥を育てるために去った事情を、りんは知ったばかりです。ようやく届いた事情と、いま目の前にある病床。二つの時間が同じ部屋に重なったもどかしさ‥。
そこへ入る「すぐ来てほしい」という知らせ。えっ、ここで来るのか。なおじも少し息をのみました。病状を先回りして言うことはできませんが、りんの足が病床へ向かう、その一歩の重さだけははっきり伝わってきます。
シマケンの手術と、看護婦規則がつくった壁は前話から続く重要な背景です。病床の不安だけでなく、看護婦として生きる難しさも重ねて見えてきます。
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シマケンの病と、看護婦たちを縛った制度の問題を前話からたどれます。
病床にあるのは、医学の言葉だけではありません。
手首取り
言えぬことほど
脈急ぐ
セツの「なりたい」が、看護婦養成所の扉を開いた
第124話のもう一つの強い場面は、セツが「自分も看護婦になりたい」と口にした瞬間でした。りんと直美が喜んだのは、看護婦志望者が一人増えたからだけではないはずです。
ツヤを見てきたセツが選んだ道
セツが「自分も看護婦になりたい」と言った時、なおじはツヤの顔を思い出しました。恵風看護婦会の扉をたたき、実習へ向かったツヤを、セツはすぐそばで見ていたのです。
だからこの一言は、急に思いついた夢には聞こえません。目の前の誰かが一歩を踏み出す。その背中を見ていた人が、今度は自分の足で前へ出る。看護婦という仕事が、セツにとっても明確な「自分の生き方」になった瞬間に見えました。
ツヤが越えようとした壁をたどると、セツの決意がどれほど軽くないかが、さらに伝わってきます。
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ツヤが実習へ進むまでに立ちはだかった「二箇年」の壁と、看護婦を目指す覚悟を振り返れます。
「合格」より「信頼」を目指す直美の宣言
「この養成所は、試験に受かることを目指すのではない。患者さんに信頼される看護婦の養成を目指す」。直美がそう言い切った時、なおじは思わず拳を握っていました。
青臭いと言えば、青臭いのでしょう。
でも、こういう真っ正直な言葉が大好きです。長く学校にいたなおじにも、試験の結果が大切なのは当然でした。ただ、子どもたちが誰かから「あの先生なら話せる」と思ってもらえるかどうかは、答案の先にある毎日の積み重ねで決まっていきました。
直美の言葉も同じです。資格を取ることを軽く見たのではない。患者の前で、相手の不安に手を伸ばせる人を育てたい。その願いを、あの人は逃げずに言葉にしました。
なぜ直美は、合格より先に「患者さんに信頼される看護婦」と言ったのか。東京育ちの彼女が看護の現場で何にぶつかり、どんな言葉を選んできたのかをたどると、今日の宣言がもっと立体的になります。
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直美の過去と看護婦としての変化を、人物の歩みとして追えます。
養成所は、女性たちの夢を待つ場所になる
りんと直美が作ろうとしたのは、ただ試験のための教室ではない。セツの「なりたい」を受け止め、次に来る誰かにも看護を学ぶ席を用意する場所です。
りんと直美は、ここまで何度も壁にぶつかり、患者の前で迷い、傷つきながら看護を覚えてきました。その二人が今度は教える側へ回ろうとしている。そこに、第124話の小さくて確かな転換があります。
白衣の袖を増やすのではない。患者の前で、誰かの不安を引き受けられる手を増やそうとしているのです。
なりたいと
言った分だけ
椅子を足す
よくある質問
第124話で、りんとシマケンの関係はどう変わりましたか?
りんは、シマケンが甥を育てるために自分のもとを去った事情を知りました。術後の看護をするりんにとって、シマケンは過去を置き去りにした相手ではなく、今まさに向き合う患者として目の前にいます。
セツはなぜ看護婦になりたいと言ったのですか?
セツは自ら「看護婦になりたい」と言い出しました。ツヤが恵風看護婦会で新しい一歩を踏み出す姿を見てきたことが、セツの背中を押したように、なおじには映りました。
りんと直美はなぜ養成所を作ろうとしたのですか?
セツの決意を喜んだ二人が、看護婦を志す人を育てるために養成所を作ろうと思い立ったからです。二人が学んできた看護を、自分たちの中だけで終わらせない選択でした。
直美の「信頼される看護婦」とは何を意味しますか?
試験に受かることだけで満足せず、患者が不安な時に頼れる看護婦を育てたい、という直美の願いです。資格と同じくらい、患者の顔を見て声をかける姿勢を大切にした言葉として残りました。
シマケンの容体に不安が残ったのはなぜですか?
手術後のシマケンは小康状態に見えましたが、終盤に「すぐ来てほしい」という連絡が入りました。病室へ向かうりんの足取りを想像すると、なおじには「明日が怖い」という視聴後の気持ちが、そのまま残りました。
筆者紹介|なおじ

公立小・中学校で約35年、校長として11年、さらに指導主事としても教育現場を見つめてきました。
全国中学校社会科教育研究会元理事、元茨城県社会科研究部長として、制度の向こうにいる一人ひとりの生き方を考えてきた者です。
学校では、試験に受かるための学びと、人から信頼される人へ育つ学びが、決して別々ではないことを実感してきました。
この記事では、その経験を土台に、直美の養成所構想を「看護を次の世代へ手渡す教育」として読みました。
現在はドラマ・芸能・政治・歴史・スポーツ・旅・学び・書評の8つのブログで、確認できる事実と作品内描写、世間の見方、筆者自身の見立てを分けながら、人の選択が社会につながる瞬間を追っています。