シマケンが38歳で胃がん。
な、なんと!
第123話の終盤、帝都医大から舞い込んだ派出看護の依頼が、りんと視聴者の時間を一気に止めました。
その直前には、東京府看護婦規則という大きな線引きが置かれています。ツヤは正面から試験へ進み、寛太の側では金で証明書を得る動きがある。同じ「看護婦」という看板の下で、歩く道があまりに違うのです。
資格は誰のためにあるのか。そして、りんはシマケンのそばで何を渡すのか。第123話は、その二つの問いを最後に残した。

この記事のポイント
Q1. 東京府看護婦規則の何が問題だった?
東京府看護婦規則は、看護婦になるため試験合格を求める一方、2年以上の看護経験があっても医師の証明がなければ試験免除を受けられない仕組みでした。帝都医大で働いたツヤは証明を得られず、試験で資格を目指すことになります。
Q2. シマケンは胃がんでどうなった?
シマケンは38歳で胃がんの手術を受け、胃の一部を切除した後に退院しました。帝都医大から恵風看護婦会へ自宅での経過観察と食事指導の依頼が届き、りんは自ら看護を申し出ます。
Q3. ツヤは看護婦になれる?
ツヤは勤務証明を得られなかったため、試験に合格して看護婦になる道を選びました。第123話では、ツヤ自身が「合格して看護婦になります」と決意を口にし、恵風看護婦会で学んできた努力を資格へつなげようとしています。
看護婦規則が切り落としかけたツヤの努力
東京府看護婦規則では、満20歳以上で試験に合格した女性に免状が与えられます。一方、2年以上看護を生業としてきた人は、医師の証明があれば試験を免除される仕組みでした。
りんと直美には免除への道があっても、ツヤにはその証明が出ません。帝都医大で働いた時間があるのに、です。ここがつらい。
ツヤは「合格して看護婦になります」と前を向きました。読み書きも看護の知識も、彼女は急に身につけたわけではありません。虎太郎に薬のことを尋ね、教わったことをノートに書き取り、恵風看護婦会で一つずつ学んできた。その積み重ねがあるから、なおじはツヤに堂々と試験を突破してほしい。
学校でも、同じ試験を前にして、人知れず何度もノートを開く子どもたちを見てきました。
このドラマの看護婦試験についても、私は肯定派側かな‥。
試験の前に立つまでの努力する体験を消してはいけない‥、と思っています。
ツヤなら、誰かの口利きではなく、自分の名で免状をつかめるはずです。
ツヤが恵風看護婦会の扉をたたいたとき、彼女は「雇ってほしい」と頼むだけの人ではありませんでした。第121話から読み直すと、今回の試験への決意が、急な奮起ではなく積み重ねの続きだと分かります。
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恵風看護婦会へ来たツヤが、りんと直美の前で何を求め、どんな一歩を踏み出したのかを振り返れます。
その横で、寛太は金を渡して証明書を得たと語ります。同じ免状へ向かう道でも、ツヤが積むのは勉強と実習、寛太が探すのは抜け道です。直美が愕然としたのも当然でしょう。
免状の
紙に移った
十一年
りんから渡された『Notes on Nursing』を、ツヤは辞書を引きながら11年かけて読みました。たどたどしい書き込みと、何度も開かれた頁。その時間が、いつか渡される一枚の免状へ、目には見えないまま移っていくのだと思います。
土居ヒデの再登場は「別の道」の答えだった
土居ヒデが医師になって現れた。
ここには驚きました。かつて養成所を去った彼女を覚えているからこそ、「えっ、医者になったのか」と、なおじも少し身を乗り出しました。
ヒデは、りんと直美に「今なら先生方のご苦労が分かります」と言葉を返します。以前の自分を説明するより先に、二人が恵風看護婦会で積み上げてきた仕事を見ていた。
そのひと言が、じんわり残りましたねー。
医師になったヒデは、ツヤのことも気にかけています。養成所を去ったヒデと、これから試験へ向かうツヤ。二人の道は、もはや同じではない。
それでも、医療の世界に残ろうとした人の声が、ツヤの背中をそっと押したように、なおじには聞こえました。
シマケンの胃がんと、りんが看護する時間
シマケンが38歳で胃がん。な、なんと! 帝都医大からの紹介状には、先月に胃の一部を切除する手術を受け、退院後は自宅で経過観察と食事指導が必要だと記されていました。
派出看護の患者がシマケンだと知ると、りんは自分を行かせてほしいと申し出ます。ここで、りんが逃げなかった。
りんは、直美と一緒に雪の中をシマケンの家へ向かいました。あの歩みは、過去の恋を急いで取り戻すためのものではないでしょう。胃がんの手術を受けたシマケンの暮らしを、看護婦として支えるための足取りです。
それでも、シマケンにとってりんと過ごす時間は幸せな時間になるはず‥。
病があるからこそ、食事のことを話し、今日の具合を尋ね、誰かが訪ねてくる。その当たり前の時間を、りんは看護の手で守ろうとしているように見えました。
シマケンがこの最終盤で突然現れたわけではない‥。第115話での再登場からたどると、りんの前に再び現れた彼が、今度は「看護される人」として帰ってきた重みが見えてきます。
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セツの決意とともに、シマケンが物語へ戻った場面を振り返れます。
そして気になるのは、寛太のもとにいる女性たちです。
直美は簡単に人を見捨てられない。でも、看護の看板まで寛太の抜け道に渡す人でもないはずです。
雪の中でシマケンの家へ向かうりんと直美。その背中に、第123話の看護の誇りがあります。
どうする直美ーーー、寛太を見捨てないために、どう動く???
よくある質問
「風、薫る」第123話の放送日はいつ?
2026年9月16日放送です。第25週「風媒花」の水曜日に当たります。
土居ヒデは医者になっていた?
はい。第123話で、かつて養成所を去った土居ヒデが医師になっていたことが明かされました。りんと直美へ「今なら先生方のご苦労が分かります」と声をかけ、ツヤのことも気にかけていました。
ツヤは看護婦試験を受けることになった?
はい。ツヤは帝都医大で働いた経験があるものの勤務証明を得られず、試験に合格して看護婦を目指す道へ進みます。「合格して看護婦になります」という言葉に、彼女が積んできた努力が表れていました。
寛太の証明書はなぜ問題なの?
寛太は、医師に金を渡して証明書を得たと語りました。2年以上の看護経験を医師が証明すれば試験免除となる制度だからこそ、金で書類を得る動きは、真面目に経験を積んだ人を踏みにじります。
シマケンの胃がんはどう描かれた?
第123話では、シマケンが38歳で、先月に胃がんの手術を受け、退院後に自宅で経過観察と食事指導を受けると示されました。りんは自ら看護を申し出て、直美とともにシマケンの家を訪ねています。
筆者紹介|なおじ
公立小・中学校で約35年、校長として11年、指導主事としても教育現場に関わってきました。学校では、試験や制度が必要である一方、数値だけでは見落としてしまう努力や成長があることを、何度も見てきました。
朝ドラ「風、薫る」を読む際も、作品内で確認できる出来事と、視聴者が抱く疑問、そして筆者自身の見立てを分けています。看護をめぐる制度と、そこで懸命に生きる人の時間。その両方を大切にしながら、ドラマに残る小さな声を拾っていきます。現在はドラマ・芸能・歴史・学びなど8つのブログで、人の生き方と社会のつながりを綴っています。