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朱子学と陽明学の違いは何か:『性即理』と『心即理』が根本原理

太田に翔平さんが、「グランド内のゴミを拾う」行動、サッカーの試合後に、「サポーターの人たちが観客席をきれいに掃除する」、ゴルフの試合後に「日本人キャディーさんがグランドに一礼をする」行動など、日本人の行動が世界の人々に感動を呼び起こしています。

日本人は普段全く意識していませんが、日本人の心の深いところには、「神道と仏教」、そして行動を起こすための根っこに、儒教思想があるようです。

儒教の中でも、朱子学と陽明学。この二つが日本人の行動の規範となっています。
ですが、日本人の多くは、「朱子学とは何か」「陽明学とは何か」「二つはどう違うのか」という点は、意識化に沈み一切疑問に思うことすらありません。

引いて言えば、大学受験の問いなどに『朱子学派性即理・陽明学は心即理
と、唱えるようにして暗記しているだけでしょう。

ですが、『朱子学と陽明学は何が違うのか』
二つが誕生した『二つが起こったそれぞれの時代背景・問題意識に違いがあるのか』
そして、そもそも「なぜ朱子学は「心即理」を唱え、陽明学は「心即理」を語るのか』
『性即理』とは何か、『心即理』とは何か、について知っておきませんか。

このブログでは、それら日本人が意識せずに、自分自身の行動原理としているものの考え方にせまります。

朱熹
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/9e/Zhu_xi.jpg
目次

儒教とは何か

儒教は、そもそもは孔子の教えです。
 孔子は、「紀元前552年または551年~479年」に生きた人です。

 キリストより、およそ550年も前に生まれた人です。

そしてキリストが生まれたころ、紀元前後には中国の各王朝を支える思想になっていました。

この儒教が韓国やベトナムなど周辺国に伝わり、やがて海を渡って日本にも伝わってきます。

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儒教の変化

儒教は、2000年の間変化しなかった分けではありません。
特に11世紀~12世紀にかけて、儒教は大きく変化します。(学者によって見解が分かれる)

ですが、根本的に「孔子の教えを受け継ぐ」という点では、朱子学も陽明学も同じ立場なのです。
つまり、変化といっても、「彼らの主観としては、新しい思想を唱える」という意識はなかったでしょう。

しかし、11世紀~12世紀にかけての儒教の大きな変化の代表は、朱子学と陽明学でした。

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『変化』を一言で言うと

朱子学の立場

朱子学の立場から言うと、『漢・随・唐時代に儒教は変化してしまったので、孔子の教えに戻す」という立場です。

陽明学の立場

陽明学は、「朱子学の説く儒教は、孔子の教えから外れているので、孔子の教えに戻す」という立場です。

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朱子学と陽明学

朱子学・陽明学とは何か

「朱子学と陽明学」を一言で説明するとすれば、
中世近代儒教を代表する儒教思想の代表の二つの学派です。

辞書による定義

朱子学と陽明学を辞書ではどのように説明しているでしょうか。
岩波書店の『広辞苑』(第五版)を見てみましょう。

朱子学

南宋の朱熹が、北宋以来の『理気世界観』に基づいて大成した儒学の大系

と説明されています。

朱子学では、宇宙を『存在としての気』と存在根拠とか法則としての『理』の二元論としてとらえます。
宇宙の一部である人間も同じようにとらえます。

人間は、だれでも『気』を備えています。
その『気』は、本来『法則・真理』としての『理』を備えています。

だから、人間は、本人は気付いてはいないかもしれないけれど、『本然の性』には、『理(真理・善)』が備わっている、ととらえます。

これが、『性即理』という考え方になります。

そして、人間の課題は、『理』の『自己実現』になります。
本来自分に既に備わっている、『真理・善』という『あるべき姿』に気付き、磨き、実現することが人間の課題となります。

だから、朱子学は、「規範」とか「名分(あるべき姿)」を大切にする分けです。

ただし、この考え方が明代・清代、日本の江戸時代の『封建的身分制度』・『秩序維持のイデオロギー』として体制教学化していくことになります。

江戸時代などは、この朱子学をつかって、『身分制度は正しいのだ!』と、人々を教育したという側面は、否定できません。【上下定分の理】

https://aomori-tourism.com/lsc/upfile/theme/0000/0019/19_101_l.jpg

朱子学の自己実現のためのキーワード

・格物致知
・居敬窮理
・主敬静坐

などです。

日本の主な朱子学者

  • 藤原惺窩
  • 林羅山
  • 木下順庵
  • 室鳩巣
  • 山崎闇斎
  • 柴野栗山
  • 尾藤二洲ら

陽明学

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陽明学は、明代の王陽明が唱えた儒学です。
朱子学は、初期に朱子学の『性即理』に対して『心即理』を唱えました。

明代になると、宋の時代に確立した朱子学の形骸化が見られたのです。
一言で言うと、『朱子学は、ガリ勉になれといっているのか』とか、
『朱子学は、理想ばかりをいっている。』とか、
『朱子学は、金儲けをするのは卑しい好意でダメというのか』とかいう批判が起こっていました。

そこで、明代の社会の現実に即した新しい『理』のとらえ方が要求されたのです。
陽明学の『理』は、『欲望肯定的な理』です。

「朱子学は体制維持」、対して「陽明学は、江戸末期・明治期の政治運動を支える理念」としてもてはやされる傾向にありました。

この理解は、『大塩平八郎』や『吉田松陰』など、反体制派・革命派が陽明学者であったという理解があることも一因となっています。

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主な日本の陽明学者

    • 中江藤樹
    • 熊沢蕃山
    • 大塩平八郎

    などです。

    ただし、日本の陽明学は中国の陽明学とは別物と言って良い。
    中国では、清代に一度「朱子学・陽明学」ともに廃れます。

    中国において、再度「朱子学・陽明学」が復活したのは、日本の明治維新で陽明学が思想的な根本を成したという事実があったからでしょう。

    まとめ

    儒教は、孔子の教え(紀元前6世紀~5世紀・紀元前後に主流)
    ・儒教は、11世紀~12世紀に大きく変革した
    ・朱子学は『性即理』(ガリ勉型・理想追求型)
    ・陽明学は『心即理』(欲望肯定型・行動型)
    ・朱子学は、「体制維持」につかわれた。
    ・陽明学は、「革命・政治運動」につかわれた。

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