『風、薫る』第105話は、虎太郎と多江が戦争に近い場所へ踏み出し、直美が人の痛みを生活ごと受け止める看護を示した回。
明治27年(西暦1894年)、日清戦争の足音は、遠い戦地の話ではなく、りんたちの日常を少しずつ変え始めています。
戦争は、いつから暮らしの中へ入り込むのでしょうか。
虎太郎の朝鮮行き、多江の広島行き、平蔵が語る戦の記憶、吾郎の何気ない一言。その一つひとつを追うと、第105話は「定めと選択」という週題がいよいよ重く響く回だったと分かります。
『風、薫る』全体の人物関係やここまでの流れを押さえると、今回の別れと決意がより立体的に見えてきます。
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この記事で先に見ておきたいこと
- 虎太郎は朝鮮で医薬品を部隊へ納める仕事を志願しました
- 多江は特志看護婦として広島の陸軍病院へ向かいます
- 直美は平蔵の戦争体験に耳を傾け、看護の本質を示しました
- 吾郎の食卓での言葉にも、出征を思わせる不穏さがにじみます
- 第105話は、戦争が日常のすき間へ入り込む始まりの回です
この記事のポイント
Q1. 『風、薫る』第105話で虎太郎はなぜ朝鮮へ向かった?
虎太郎は、朝鮮に駐留する日本軍へ医薬品を納める仕事を自ら志願しました。学や後ろ盾のない自分が努力でどこまで進めるか試したいと語り、りんに思いを告げず握手で別れます。
Q2. 多江は第105話で何を決めた?
多江は看護婦取締として、特志看護婦の立場で広島の陸軍病院へ赴くことを決めました。傷ついた兵士を看護し、看護の未来に貢献したいという志を、実際の行動で示します。
Q3. 直美の看護が第105話で示したことは?
直美は戊辰戦争を経験した平蔵の言葉と心の傷に耳を傾けました。第105話の直美は、処置や世話に限らず、その人が抱えてきた人生と痛みに寄り添う看護を示したと考えられます。
虎太郎が朝鮮へ向かった理由|告げなかった思い
虎太郎の朝鮮行きは、仕事上の志願であると同時に、りんへの思いに自分なりの線を引く決断でもあったように見えます。
努力だけで上へ行くという志願
虎太郎は、朝鮮に駐留する日本軍へ医薬品を納めるため、日本を離れることになったとりんへ告げます。戦いに行くわけではないとも説明しました。
そのうえで虎太郎は、人ができないこと、知らないことをすれば、その分だけ上へ進めると語ります。学も伝手もない自分が、努力だけでどこまで行けるのか試したい。その言葉には、まっすぐな向上心がありました。
ただ、なおじには少し引っかかるものもあります。
危険に近い場所へ進まなければ、上へ行けない。そんな時代の空気が、虎太郎の選択の後ろに立っているように見えるからです。努力する人ほど、危うい場所まで自分で背負い込んでしまう。虎太郎の志願には、その切実さを感じます。
虎太郎がこれまで抱えてきた覚悟を振り返ると、今回の選択はさらに重く映ります。
握手で終えた別れに残るけじめ

虎太郎は、かたくなに りんに自分の思いを告げません。
二人は握手を交わし、それだけで別れます。
言葉にしなかったからこそ、虎太郎の気持ちは画面に残りました。りんへ告白すれば、彼女は答えを出さなければならなくなる。これから朝鮮へ向かう自分のために、りんの心を揺らすこともできたはずです。
けれど虎太郎は、そうしなかった。
なおじには、この握手が「自分の思いを相手に背負わせない」ための別れに見えました。虎太郎の恋がかなう展開は、おそらくないでしょう。だからこそ彼は、思いをぶつけるのでなく、自分の中で幕を引こうとしたのかもしれません。
握手して
ほどけぬ指を
手に残す
虎太郎の男らしさは、危ない場所へ行くことだけではない。届かない思いを、りんの暮らしに置いていかない。その不器用なけじめに、虎太郎の誠実さが残こる‥。
多江の広島行きと看護婦の使命
多江の広島行きは、看護婦という仕事が、戦争の現実と直接つながっていく転換点です。
看護婦取締から特志看護婦へ
久しぶりに恵風看護婦会を訪れた多江は、かつて語っていた「看護婦総取締になって、日本のナイチンゲールになる」という目標に近づいていました。現在は帝都医科大病院の看護婦取締として働いています。
その多江が、特志看護婦として広島の陸軍病院へ向かうことを打ち明けます。傷ついた兵隊をしっかり看護し、看護の未来に貢献したい。その言葉には、養成所時代から変わらない志の高さがありまあす。
目標を口にする人は多いものです。けれど、それを責任ある仕事として実行へ移す人は多くありません。多江は、自分がどこで必要とされるかを考え、最も厳しい場所へ進もうとしています。
多江が歩んできた道をたどると、今回の決断にある重みがさらに伝わります。
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戦争が看護を必要とするという皮肉
多江の決意は立派です。けれど、看護婦が戦争の場で必要とされること自体は、決して明るい話ではない。
傷つく人がいるから、看護が必要になる。命をつなぐ人が増えるほど、その周りには傷ついた人も増えている。その現実を考えると、多江の広島行きは勇ましい旅立ちとしてだけ受け取れないんです。
なおじには、多江が戦争へ向かう人ではなく、戦争によって傷つけられた人の側へ向かう人に見えます。
勝敗や国の大きな物語ではなく、目の前の一人が再び眠れ、食べられ、家へ戻れるようにする。その仕事を選ぶ多江の姿には、看護婦の使命が静かに刻まれていました。
直美の看護は「お手伝い」ではない
直美の看護は、相手の傷だけでなく、その人が抱えてきた人生を見ようとする営みです。
平蔵の傷と「死んじまったら意味もねえ」
直美は、戊辰戦争を経験した平蔵の看護を続けていました。厳しい態度の奥にある愛情に触れ、平蔵も少しずつ直美へ心を開いていきます。
吾郎の出征を案じる平蔵は、「生き残るんだったら手柄なんか立てようとせず、じっとしてることが一番だ。死んじまったら意味もねえ」と語りました。
この言葉は、戦争を勇ましく語る言葉とは正反対。
戊辰戦争をくぐり抜けた平蔵にとって、戦争は武勇を飾るための話ではないのでしょう。生き残ること、帰ってくること、それだけがどれほど難しく、どれほど大切かを知る人の言葉です。
平蔵が抱える矜持や過去の思いを振り返ると、今回の言葉が持つ重さをさらに感じます。
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暮らしごと受け止める観察の力
直美の看護を、単なるお手伝いのように受け止める人もいるかもしれません。医療器具を使う処置ばかりが映るわけではないからです。
けれど、看護は包帯を巻く技術だけではない。
食事が取れているか。眠れているか。表情にいつもと違う影はないか。家族の前では言えない不安を抱えていないか。相手の生活を観察し、言葉にならない痛みに気づこうとすることも、直美の目指す看護の大切な力です。
直美は平蔵に対して、傷病者として接しているだけではないですよね。
戦争を生き残り、いまも恐れを抱えている一人の人間として、平蔵を見ています。
長く学校にいた者としても、子どもの表情や保護者との短い会話の中に、言葉にならない困りごとが現れる場面を何度も見てきました。目に見える行動だけで判断すれば、大事なものを取りこぼします。
はっきり言って、良い先生とそうでもない先生の分かれ目は、ここにあると考えています。
直美の看護も同じです。表面だけを見ると世話です。けれど、その奥には、その人が自分の暮らしを取り戻せるように支える「観察」の力が見えてきます。
吾郎の食卓に近づく戦争の影
第105話は、戦争が前線だけの出来事ではなく、夫婦の食卓へも入り込んでくる怖さを描いています。
炊事班長という何気ないひと言
吾郎は、出征したら炊事班長になりたいと話します。食事を作る役なら、戦いの最前線から少し離れているようにも聞こえます。
しかし、その言葉の前提には、あらがえない出征がある‥。
直美が不安を募らせるのは当然。
平蔵の「じっとしてることが一番だ」という言葉を聞いたあとなら、なおさら。
戦場で何をするかより、戦場へ望まずに行くこと自体が重い。
炊事班長という何気ない言葉が、直美には吾郎と離れる未来を連れてくる言葉に聞こえたのかもしれません。
「戦争、本当にやってるんだ」の重さ
りんが感じた「戦争、本当にやってるんだ」という実感は、第105話の核心。
戦争は、ある日突然、玄関を壊して入ってくるだけではない。薬の配達先が変わること。看護婦が遠い広島の病院へ向かうこと。夫が出征したら炊事班長になりたいと口にすること。そんな日常の継ぎ目から、戦争は静かに家の中へ入ってきます。
第101話で直美と吾郎の新婚生活を見たとき、なおじはこう詠みました。
皿を足す
嵐知らない
夕餉かな

あの食卓には、二人で暮らしを始める喜びがありました。料理を囲み、皿を足す。ほんの小さな営みですが、新婚の二人には、これから先の時間を重ねていく確かさがあったのです。
しかし第105話では、その食卓に戦争の影が座ります。
夕餉には
皿を足さずに
箸を置く

吾郎の炊事班長という言葉は、一見すると戦場の危険から少し遠い役目にも聞こえます。けれど直美にとっては、夫が出征するかもしれない現実を突きつける言葉‥。
平蔵の「死んじまったら意味もねえ」という言葉も重なり、かつては嵐を知らなかった夕餉に、もう戦争の気配が入り込んでいます。
虎太郎は朝鮮へ薬を届けようとし、多江は広島で傷ついた兵士を看ようとし、直美は平蔵の心の傷に目を向ける。
誰もが自分の仕事を果たそうとしていたからこそ、時代の重さがいっそう際立つ‥。
第105話は、戦争の影を描いた回。
同時に、そんな時代だからこそ、人を人として見る仕事の重さを教えてくれた回でもありました。
虎太郎がりんとシマケンの幸せを前に、自分の思いを抱え込んだ第101話も、今回の別れへつながる大切な場面です。
よくある質問
『風、薫る』第105話は、2026年8月21日に放送されました。
『風、薫る』第105話は、明治27年(1894年)の夏が舞台です。日清戦争が始まった年であり、登場人物たちの暮らしにも戦争の影が近づき始めます。
虎太郎は、朝鮮に駐留する日本軍へ医薬品を納める仕事のため、朝鮮へ向かうことを決めました。
多江は特志看護婦として、広島の陸軍病院で傷ついた兵士を看護するために赴くことを決めました。
戊辰戦争を経験した平蔵の「死んじまったら意味もねえ」という言葉は、戦争を勇ましさではなく、生き残ることの重さから見つめる視点を示しているためです。
筆者紹介|なおじ

公立小・中学校で教師として約35年、校長を11年、指導主事を5年務めています。子どもや保護者と向き合うなかで、表面に見える行動だけでは、人の困りごとや痛みはつかめないと学びました。
朝ドラを読むときも、出来事の大小だけでなく、人物が日々の暮らしで何を守ろうとしたのかを大切にしています。
『風、薫る』第105話では、虎太郎の旅立ちと直美の看護に、戦争へ傾く時代のなかでも人を見失わない姿を読み取りました。