
こんにちは、なおじです。
風薫る20話「私たちのソサイエティー」、いやあ、今回も深かった。
虎太郎との甘酸っぱい別れ、美津の嘘縁談話、りんの魂の独白、そして卯三郎が仕掛けた「ソサイエティー【社会】とは何か?」という問い。
35年、社会科を教えてきたなおじが「これは授業だ!」と膝を打ったシーンが、この回にはたっぷり詰まっていました。
この記事でわかること
- 虎太郎とりんの「甘酸っぱいお別れ」の意味
- 美津が仕掛けた「嘘縁談」の真意
- りんが語った「双六の上がり」とは何か
- 卯三郎の「社会」の授業が社会科的に深すぎる理由
- 梅岡女学校入学と直美との再会
虎太郎との別れ│青春って甘酸っぱい
「すっかり東京の人だ」の一言が切ない
那須から東京へ帰るりんを見送る前夜、虎太郎とりんが道ばたに並んで座っていた。
りんは那須で大山捨松と会ったことを虎太郎に話す。
虎太郎にとって、これが「りんに想いを打ち明ける最後のチャンス」だったんじゃないかなあ。
でも虎太郎は言えなかった。
かわりに出てきたのが「すげえな、すっかり東京の人だ」という一言。
これ、りんへの恋心との決別宣言だよね。
好きな子を応援できる男心、わかるよ、虎太郎。
でも切ない。ほんとうに切ない。
りんの「厳しい優しさ」
りんは虎太郎の気持ちを、知ってか知らずか、ナースになる不安を語り始めた。
「りんちゃん、本当は虎太郎の心を知っているよね」と思いながら観ていたなおじ。
でも、この時のりんは自分の事で精一杯だったんだろう。
虎太郎が「大事だ。りんならできる」と励ます姿に、なおじは心の中でこう叫んだ。
頑張れ青年。君にも良い出会いが訪れることを、なおじは心から祈るよ。
恋心 「東京の人」に 包んだか
美津の嘘縁談話│試された本気
「恥を知りなさい」の裏にあった愛情
東京に帰ったりんが美津に宣言する。「わたし、ナースになります」と。
美津は「あなたは一ノ瀬家の娘なのですよ、恥を知りなさい」と言いかけた。
でも、りんは美津の言葉を遮ぎる。「私は、もう恥を知りました」と。
「私にとっての恥は、己の良心に恥じること」
この一言に、りんの成長が凝縮されていたと思う。
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縁談話は「嘘」だった
その後、美津は縁談話をりんに持ちかける。
りんは久々の「わたし、間違いました。」を言いましたね。
そして「すいません!お断りしてください!」と。
出た(笑)!
待ってました、この台詞。
「私と環の人生を、とつぐ相手に委ねるのは、もういやなんです」とりんは続ける。
よく言った、りん。お見事!
そして美津は告げる。「縁談話は嘘でした。あなたの本心を確かめたかった」と。
え、どういうこと??
つまり美津はりんを試したわけ。
しかも帯を売って用意したお金まで渡たす。「緞子の帯を売ったのだ」とりんに告げた。
えっ、いつ売ったの?
どこで?
という疑問は「野暮か‥」と‥、自分に言い聞かせて、自分を抑えた‥(笑)。
美津の「恥を知りなさい」は、いつも愛情の裏返しなんだよね。
りんが語った「双六の上がり」とは何か
「私の双六の上がりは、もう奥様じゃない」
りんが放った名台詞だ。
「私も母上のような奥様になりたかった。でもなれなかった。すべて私の甘さが招いたことです。でも今の私にはなんもない。環に同じ思いはさせられない」
そしてりんは続ける。
「自分の力で生きていかなければならなくなったとき、学はあったほうがいい」と。
これは明治の話であって、令和の話でもある。
なおじが教壇に立っていたとき、保護者から「女の子に勉強は必要ない」という言葉を聞いたことが何度かある。昭和や令和の時代ですらそうだった。
そういう意味で、りんの台詞は今も刺さる言葉だと思う。
美津が語った「翼と刀」
美津は夫の言葉をりんに伝えた。
「学ぶことは、時に世を渡る翼となり、時に身を守る刀になる」
これ、第1週にも出てきた台詞だよね。
👉関連記事:「風、薫る」第1週まとめ|翼と刀・全5話の見どころ
物語の根幹にある「翼と刀」というテーマが、ここで再び顔を出した。
りんは、そのどちらも今まさに身につけようとしているということだね。
卯三郎の「ソサイエティー(社会)とは何か」の授業が深すぎた
「どういう意味だと思いますか?」という問い返し
りんが英語の辞書でソサイエティーを引いたら「社会」とあるだけだった。
「社会とはどういう意味か?」と首をひねるりんに、卯三郎は教えるのではなく問いを返した。
「りんさんはどういう意味だと思いますか?」と。
なおじが思わず「そうだよ!それだよ!」と叫んだ瞬間だった(笑)。
これ、35年教師をやってきて一番大切にしてきたことと同じなんだよ。
魚一匹を与えるより、魚の捕り方を教える。
文科省の北俊夫先生の教えでもある。卯三郎は、それを地でいっている。
りんの「社会」の定義が素晴らしかった
りんが自分の言葉で答えた。
「徳川の世では、私はその中にいない。女は家に居て、父のように一度外れた人はもういない」
そしてこう続けた。
「社会って言葉には、もっといろんな人がいるような気がして。私のように子持ちで女で働いている人も、シマケンさんみたいに何者かわからないホトも、みーんなです」
卯三郎が「なるほど」と相槌を打つことで、りんの答えを評価した。
このシーン、なおじはもう「見事な授業!」としか言いようがない。
小学校の授業で「あなたの家族は誰?」「遠くに住むおじいちゃんは家族か?」「犬のポチは家族か?」と子どもたちに問いかけた日のことを思い出した。
あの授業は楽しかった。卯三郎と同じことを、なおじもやっていたんだなあ(笑)。
「10年後、100年後、誰もがナースの看護を受ける」
卯三郎は最後にこう結んだ。
「社会とは、いる人で形づくられ、いる人で変わっていくのかもしれません。人はみんな死ぬ。10年後、100年後、誰もがナースの看護を受ける。そういう社会がきているかもしれません」
見事な結びだよ。
卯三郎さん、今日は本当に見事な授業でした。
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梅岡女学校入学│直美との再会
入学の日、そこに直美がいた
そして、りんは梅岡女学校に入学する。
梅岡女学校付属看護婦養成所のモデルは、1887(明治20)年に実在した桜井女学校附属看護婦養成所とされている。
りんが正門前に立つと、そこに直美もいた。
鹿鳴館メイドの服ではなく、元のみすぼらしい装い。髪を結っていない、当時としては違和感丸出しの髪型で。
「士族の娘さんがナースになるとは思わなかった」とりんが驚くと、直美もここにいた。
第5週から始まる看護学校編がいよいよ始まる。二人は「最強のバディ」に向かって歩み出した。
双六の 上がりへ続く ナース道
Q&A|風薫る20話でよくある疑問
Q1:梅岡女学校のモデルは実在する学校ですか?
A:実在します。ドラマの梅岡女学校付属看護婦養成所のモデルは、1887(明治20)年に開設された桜井女学校附属看護婦養成所です。その後の合併を経て、現在の女子学院につながる系譜を持っています。明治という激動の時代に、女性の教育と看護を結びつけた先進的な場所でした。
Q2:「双六の上がり」という台詞はどういう意味ですか?
A:双六(すごろく)の「上がり」とはゴール地点のこと。りんは「私の人生のゴールはもう奥様じゃない」という意味でこの言葉を使いました。当時の女性にとって「良縁に嫁ぐこと」が人生のゴールとされていた時代に、それを自分で更新するという宣言です。非常に力強い台詞でした。
Q3:美津はなぜ嘘の縁談話をしたのですか?
A:りんの本心を確かめるためです。ナースになる決意が「本物かどうか」を、縁談という形で試した。これは美津なりのりんへの愛情の表れ。しかも帯を売って用意したお金まで渡している。美津の「恥を知りなさい」は、いつも愛情の裏返しなのかもしれませんね。
Q4:卯三郎が辞書を「あげた」のはなぜですか?
A:卯三郎はりんにとって「問いを立てる大人」として重要な存在です。辞書を贈ることで「自分で引き続けなさい」というメッセージを送ったのでしょう。「リターンさえあれば」という台詞も、投資家としての卯三郎らしい表現ですよね。
Q5:虎太郎とりんの関係はこれで終わりですか?
A:第20話時点では、りんが東京へ戻り、二人の物語はひとまず区切りを迎えています。ただし朝ドラの常として、再登場の可能性は十分あります。虎太郎の「すっかり東京の人だ」という台詞が、二人の関係の終章を象徴していたとしたら、それはそれで青春らしい美しい別れだと思います。
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筆者紹介|なおじ
なおじは元社会科教師として教育現場に35年間携わり、指導主事を5年、校長を11年務めました。退職後もボランティアで子どもたちに学習を教えています。
社会科・歴史を長年教えてきたので、時代背景や史実との比較が得意分野です。今回の卯三郎の「社会とは何か」という授業は、教師として本当に「これだよ」と膝を打ちました。魚の捕り方を教える大切さ、現場で実感してきたことと重なります。