
こんにちは、なおじです。
朝ドラ「風、薫る」の第16話、見ましたか。
今回は捨松(多部未華子)の圧倒的な存在感と、直美(上坂樹里)の「即断拒否」という意外な展開が重なって、なおじはテレビの前でかなりざわつきました。
風薫る16話感想として、炊き出し現場でのリアルな展開と、「私たちのソサイエティ」というテーマを元教師の視点で語ります。
この記事でわかること
- 第16話「私たちのソサイエティ」の主なあらすじと見どころ
- 吉江神父(原田泰造)の「ただ者ではない」雰囲気の正体
- 捨松の炊き出し対応が「学校の保健室でも欲しい」と感じた理由
- 直美が即座に「お断り」した言葉の意味
- 捨松がりんに見出した「生まれ持った才能」とは何か
- 研ナオコ登場の謎と亀吉の影
吉江神父は「ただ者ではない」という予感

「みなさんはどちらから?」の一言に込められた配慮
第16話の冒頭、直美がりんに「私が教会と関わりがあることは絶対言わないで」と耳打ちします。
その一言を聞いた吉江神父(原田泰造)、すぐさま「みなさんはどちらからいらしたんですか」と、何事もなかったかのように直美に話を合わせた。
状況を即座に読んで、表情ひとつ変えずに動く。
なおじは思わず「この人、できる」と声が出ました(笑)。
温厚そうな外見の裏に、ずいぶん苦労を積んできた人の静かな強さが感じられる。
原田泰造さんのたたずまいが、そのままキャラクターの「深さ」に見えてくるんですよね。
吉江神父のモデルは、近代日本キリスト教の父ともいわれる植村正久とされています。
明治のキリスト教指導者が持っていたであろう、人間観察と覚悟の深さ。
それが吉江神父という人物の「温かさと切れ味の同居」につながっているのかもしれません。
捨松は直美の過去を知らなかった?
「大山様」とりんが声をかけると、捨松は「ああ、那須の‥」と返しました。
那須での出会いをちゃんと覚えていた。
一方、捨松が「自分たちは炊き出しが初めてなので、教会の皆さんの近くで行っていいですか」と吉江に問う場面では、直美が教会出身だという事情を把握していないように見えた。
なおじの当初の読みは「捨松なら全部調べてるだろう」というものだったのですが、どうやら外れたようです(笑)。
捨松が知ってて知らないふりをしているのか、本当に知らないのか。
このあたり、今後の展開でどう効いてくるか、目が離せません。
「病人を前にして、立場など関係ありません」

保健室の先生みたいな、あの判断力
炊き出しの最中、少年が突然嘔吐します。
りんと直美が即座に駆け寄る。
コロリ(コレラ)かもしれないと周囲が騒ぐ中、りんは少年の額に手を当て、手ぬぐいで口を拭います。
そこで直美が水を渡そうとした瞬間、捨松が「ストップ イット」と制止した。
「むやみに手を触れては危険です。気をつけなさい。いきなり水を飲ませてはいけません。口の中をゆすいで、吐き気が治まったのを確かめてから少しずつ飲ませないと、また吐き気をもよおしてしまうかもしれない」
的確で、迷いがない。
実はこの放送の前夜、なおじの孫が夕飯を吐き戻し、嫁が全く同じことを言っていたんです。
「まず口をゆすがせて、落ち着いてから少しずつ」と。
捨松と嫁が重なって、正直ちょっと笑ってしまいました(笑)。
うちの嫁、頼もしーぃ。
もしかして、捨松の関係者?(笑)。
👉関連記事:風薫る第3週・直美の嘘と捨松の史実が重なった5日間
吐瀉物は桶の中へ・感染対策まで指示する捨松

捨松はさらに続けます。
「口の中をゆすいだ水は、直に地面に出さずに、桶の中に出させなさい」
伝染病の可能性を考慮し、吐瀉物と周囲の土も集めて桶に入れるよう直美に指示した。
キビキビしている。
35年、教育現場にいたなおじから言わせてもらうと、「こういう保健室の先生、必要」なんです。
プールの後に子どもが体調を崩した時、運動会の練習で熱中症気味の子が出た時、慌てる若い教師を横からビシッと仕切ってくれる人。
現場では本当に貴重な存在なんですよ。
捨松の判断は、明治の話ではなく、今にも通じる「現場のリアル」でした。
そして「病人を前にして、立場など関係ありません」と言い放った捨松の一言。
なおじ、かっこよすぎてちょっとしびれました。
捨松が語った「私たちのソサイエティ」

トレインドナースとは何か
炊き出しの後、捨松はりんと直美を屋敷に招き、「トレインドナースにならないか」と問います。
りんも直美も「ナース」という言葉を知らない。
直美が「日本では、他人の看病は、貧しい人がお金を得るために危険を冒してする仕事です」と返すと、
捨松は「その危険を防ぐための専門知識を学んだ人がトレインドナースです」と説明しました。
「どうして看病をする人達が蔑まされなければならないんですか」という捨松の問いかけは、まっすぐで力強かった。
そして「私はそんな私たちの社会を変えたいんです」。
アワー ソサイエティ――と直美。
ソサイエティ――と、りん。
二人のつぶやきは、物語のタイトルにつながっていく。
ナースの給料はアメリカでは月約30円というのも、当時の感覚ではかなりの額‥。
「やってみませんか」直美の即答拒否
しかし直美は、「私はお断りさせていただきます」と即答。
「私はいくらお金をもらっても、人様のために働くという心持ちの人間ではない」と言い切った。
すると捨松は「そうですか? 私は直美さんは、当然のように弱き者のそばに立てる人だと感じましたよ」と静かに返す。
これがまたうがちのある言葉なんです。
直美は「違う」と言っているのに、捨松は「あなたはすでにやっていた」と言っている。
人が自分自身のことを言葉で否定しても、行動は正直だ、というメッセージ。
35年間、生徒と向き合ってきたなおじも、これはよく分かる。
口で「べつに好きじゃない」と言いながら、毎日図書室に本を借りに来る子がいたんですよ。
そういう子が後になって、読書感想文で全国賞を取ったりする(笑)。
直美の「お断り」は、まだ物語の序章。
きっとここが「反転のフリ」になっているんだと思います。
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りんに見出された「生まれ持った才能」

誰よりも早く、とっさに手を差し出せた理由
捨松はりんにこう言います。
「あなたはとっさに、誰よりも早く、あの男の子に手を差し出した。やろうと思ってできることではありません。」
この言葉、深い。
才能とは、「努力してできること」ではなく、「考える前にやっていること」のことだ。
バスケ部を十数年見てきたなおじもそう思います。
「シュートの感覚」は教えられるけれど、コート全体を俯瞰して読む本能は生まれ持ったものが大きい。りんの「とっさに駆け寄る力」は、まさにその類の才能じゃないかな。
「私の夢のために」という捨松の言葉
捨松は「どうか私に力をかしてくれ、私の夢のために」と続けた。
「日本のために」でも「看護のために」でもなく、「私の夢のために」というのが面白い。
捨松という人物の正直さと、情熱の出どころがある意味むき出しになっている言葉ですよね。
史実の大山捨松は、ナイチンゲール式看護を日本に広めようとした人物です。
「自分の夢」と「社会を変えること」を、捨松は分けていない。
そこがこの人の強さなんだと、なおじは思います。
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研ナオコ登場と怪しい男の影

りんの後をつける男は亀吉の手さきか
帰宅するりんの後を、怪しい男がつけていきます。
どう見ても亀吉(夫)の手のものですよね。
りんの母と妹が東京に来たことで、夫側が情報を得てしまったよう‥。
亀吉という人物、第7・8話の暴力的な描写からも、りんを「所有物」として扱う傾向が見えていた。
自分の支配から外に出ようとするりんを、黙って見ていられないのでしょう。
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「人の世は自分の思ったようにはいかない」
最期に研ナオコさん登場。
「人の世は、自分の思ったようにはいかないものでねえ」
語り・研ナオコさんが画面に現れるこの演出、なかなか不思議で面白い。
怪しい男よりも怪しい(笑)。
語りが画面内に現れる朝ドラの演出は珍しいですが、「風、薫る」ではこれが効いてくる気がします。
研ナオコさんが語り担当であることは、放送前から発表されていましたけど、‥怪しすぎる‥。
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Q&A│風薫る16話でよくある疑問
Q. 吉江神父のモデルは実在の人物ですか?
A. 吉江善作のモデルは、明治期に「近代日本キリスト教の父」とも称される植村正久とされています。
植村正久は1858年生まれで、和歌山藩士の家柄から明治のキリスト教指導者へと転身した人物。
温厚でありながら強い信念を持ち、苦難を乗り越えてきた人生が、吉江神父の「深み」として反映されているように見えます。
吉江神父を演じる原田泰造さんのたたずまいが、そのモデルの雰囲気ととてもよく合っていると感じます。
Q. トレインドナース(trained nurse)とは何ですか?
A. トレインドナースとは、「専門的な訓練を受けた看護師」のことです。
19世紀後半にナイチンゲールが確立した近代看護の考え方に基づき、科学的知識と技術を持った専門職としての看護師を指します。
当時の日本では看護は「貧しい者が危険を冒してする仕事」と見なされていましたが、捨松はこれを専門職として確立しようとしていました。
史実の大山捨松もナイチンゲール式看護の普及に尽力した人物として知られています。
Q. 捨松が提示した「月約30円」という給料は当時どのくらいの価値でしたか?
A. 明治20年代(1887年頃)の物価水準では、月30円はかなりの高額です。
当時の巡査の初任給が月6〜8円程度とされており、それを大きく上回る水準。
現代に換算すると諸説ありますが、数十万円相当の価値があったとも言われています。
捨松が「アメリカではこのくらい」と示した数字は、看護という仕事を社会的に価値あるものとして見せるための一言でもあったかもしれません。
Q. 直美がナースを断った理由は何ですか?
A. 直美は「いくらお金をもらっても、人様のために働くという心持ちの人間ではない」と言いました。
これは単純な拒否というより、直美という人物の「自衛の言葉」ではないかとなおじは感じています。
直美がこれまでの話数でたびたび見せてきた「本音を隠す態度」の延長線上にある気がします。
捨松は「それでもあなたはすでに弱き者のそばに立っていた」と静かに返した。
このやりとりが今後の直美の変化の伏線になっているはず。
Q. 研ナオコさんの「語り」はどんな役割を持っているのですか?
A. 研ナオコさんは本作の語りを担当し、さらに画面内に登場するという珍しい形で演出されています。
語り手がドラマの画面に現れること自体、朝ドラでは異例の演出。
「人の世は自分の思ったようにはいかない」という台詞は、物語の伏線あるいは総括として機能しているように見えます。
何者なのかが謎のままで引っ張るのも、この作品らしい仕掛けと言えるかもしれません。
即拒否 でも手は先に 駆けていた
捨松に「あなたはすでにやっていた」と言われた直美へ。
口と手が正直さ比べをしています(笑)。
筆者紹介|なおじ
なおじは元社会科教師として教育現場に35年間携わり、指導主事を5年、校長を11年務めました。
退職後もボランティアで子どもたちに学習を教えています。
社会科・歴史を長年教えてきたので、明治期の時代背景や史実との比較が得意分野です。今回の捨松の看護知識、炊き出し現場の判断、そして「立場より人」という価値観は、教育現場でも何度も目にしてきたリーダーの姿そのものでした。