こんにちは、なおじです。
所用があり、7時過ぎにやっとばけばけ83話を見ることができました。
今回は錦織が校長を受ける決意をヘブンに伝え、一方で庄田とおサワが初デートを果たした回です。
お互いが「異性と食事するのが初めて」と告白し合う瞬間は、見ていて微笑ましく、心が温かくなりました。

この記事でわかること
- 錦織が「何があってもお手伝いします」と言った瞬間の切なさと、明治時代の教育界の背景
- おトキが「チーを入れました」と英語で言ったときの可愛らしさと、錦織の「この家の太陽」という言葉の意味
- 庄田とおサワの初デートで緊張しながらも蕎麦を食べようとした二人の微笑ましさ
- 史実の西田千太郎(錦織のモデル)が36歳で結核により早世したことと、ドラマの今後の展開
錦織が校長を受ける決意|「何があってもお手伝いします」の重み】
このシーン、本当にぐっときます。
松江小学校でのおサワの授業
錦織先生が松江小学校を視察し、おサワが算数を教える姿を見学。
錦織はおサワに、トキの新聞記事を読んだことを告げ、「おサワの授業は素晴らしい」と褒めました。
教師として働く者にとって、同僚からの賛辞は何よりも励みなるんです。
なおじも35年間の教員生活で、先輩教師からの一言が大きな支えになった経験があります。
👉関連記事:ばけばけ82話感想|錦織の秘密とおサワの本音
ヘブンへの決意表明と不安
錦織はヘブンに、校長を受ける決心を伝えました。
ヘブンも賛成と応えますが、錦織は「校長になっても、ヘブンのリテラリーアシスタントができるか」と確認します。
この問いには、錦織のヘブンへの思いが表れていますよね。
明治時代の教育界において、校長職は地域の教育を担う重責です。
友・ヘブンへの思い、校長としての責務、そして、誰にも言えない真実…。
本当は錦織さんの心、今だに揺れているはず…。
「何があっても」という言葉の切なさ
ヘブンは逆に「忙しくてできなくなるんじゃないか」と心配します。しかし錦織は**「何があってもお手伝いします」**と力強く応えます。
この言葉が、なおじには切なく響きました。
なぜなら、史実の錦織のモデル・西田千太郎は、1897年(明治30年)3月15日に36歳(一説に34歳)で結核により死去しているからです。
「何があっても」と言った錦織が、実はそう長くない命だったという事実。
ここ、見ていてどう感じましたか?
何があると 言いし言葉の 重さかな
おトキの英語と「この家の太陽」という言葉】
「チーを入れました」の可愛らしさ
おトキが錦織に英語でお茶を出すシーンは、おトキの成長が見事に描かれていましたね。
「だいぶできるようになった」と誇らしげに英語を話すおトキ。
上流社会の奥様のような雰囲気を醸し出しています。
ところが「チーを入れました」と言ったとき、なおじは思わず笑ってしまいました。
「tea」を「チー」と発音するおトキの可愛らしさが際立ちます。
役者ってすごいですね。
こういう微妙な「ずれ」を、わざとらしくなく演じるのは、なおじにとっては至難の業。
錦織の英語が伝わらない瞬間
錦織は英語でおトキに語りかけます。
「最近落ち込んでいたようだが元気になったんだね。君が落ち込んでいるとヘブンさんまで沈んでしまう。君はこの家の太陽なんだから輝いてくれよ」
当然おトキにはわからず、「わからん、今の私にはわからん」と言います。
このときのおトキちゃんの顔がかわいらしいのです。
錦織の温かい言葉、それをわざとトキにわからないように言う錦織…。
良い場面なのに、なんか切ない…。
庄田とサワの初デート|蕎麦を前にした緊張

周囲の気遣いで二人きりに
庄田が勉強の手助けをすることで、サワの学力がだいぶついてきたようです。
そんな庄田が昼食に行こうとみんなを誘います。しかし仲間たちは気を使ったのか、何のかんのと言って断ります。
「ならどうする二人だけど」と庄田。
結局、庄田とサワの二人で旅館にそばを食べに行ったのです。
周囲の配慮によって実現した、二人にとって初めてのデート。
こういう気遣い、いいですよね。
見ていて、周りの人たちの優しさが伝わってきました。
👉関連記事:ばけばけ81話|庄田の利用してくれに込めた思い
「異性と食事するのが初めて」という告白
デート中、庄田は錦織の話をする中で、自分は松江中学校の英語教師に誘われて松江に帰って来たことを明かします。
しかし、自分が松江中学校に行くと、錦織がやりづらいだろうと思って、断ってしまったとサワに告げました。
庄田は、どうやら優しさと謙虚さをもった青年のよう。
しかし、サワはそれどころではありませんでした。
「だ、だめです」と言い出します。
何がダメかと言うと、サワは男と食事をするのが初めてで、そばを食べられないと告げるのです。
すると、何と庄田も、実は女性と食事をするのが初めてだと告げました。
これで、二人の緊張感は一気に和みます。
「心臓がそばと一緒に飛び出しそうだ」と告げた庄田の告白が、見ていて微笑ましくて仕方ありません。
ここ、見ていてどう感じましたか?
庄田の優しさと脚本の巧みさ
庄田は「ごめん、自分のことばかりで、サワに気遣いができなくて」と告げます。
そして、もし食べられなかったら「わしが」と言いかける庄田。
とっさにサワが「食べます」と応える。
このあたりのやり取りはふじきみつ彦さんの脚本の巧みさが光りますねぇ。
初デートの緊張感と二人の不器用で初々しい思いが、心を温かくしてくれました。
庄田はいいやつですね。
なおじも教員時代、こういう気遣いのできる若い教師を見ると、嬉しくなったものです。
蕎麦により 心臓飛び出す 初デート
ヘブンとおトキが目撃した二人
ヘブンとトキが散歩をしていると、何とそこに庄田とおサワも一緒にいたんです。
デート中の二人はいい感じ。
これで、おトキとサワの溝も埋まるかもしれません。
二人の和解の兆しが見えてきた瞬間です。
なおじとしては、ハッピーエンドを期待したいところです。
史実から見える影|錦織の早世とヘブンの別れ
西田千太郎は36歳で結核により死去
錦織友一のモデルである西田千太郎は、1897年(明治30年)3月15日に結核により死去しています。
享年36歳。
死去時の役職は島根県尋常中学校校長心得。
まさに今回のドラマで錦織が受けると決意した校長職に就いていたのです。
明治時代、結核は「国民病」と呼ばれ、多くの若者が命を落としました。
特に教師という職業は、人前で長時間話すため、結核に罹患するリスクが高かったのです。
ハーンの九州行きは史実では6年前
史実では、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が松江から熊本へ移ったのは1891年(明治24年)11月です。
つまり、ハーンが九州へ移ったのは、西田千太郎の死の約6年前でした。
二人の親交は、ハーンが松江→熊本→神戸→東京と移り住んだ後も続いていました。
[別れと死の時期]、このあたりをドラマはどう描くのかな…。
ドラマでは二つの出来事を重ねるか
史実では二人の別れと死は時期が大きく異なりますが、ドラマではヘブンの九州行きと錦織の病状悪化を同時期に描く可能性があるかも。
別れの予感を強調する演出として、視聴者の心に深く残る展開になるかもしれません。
「何があってもお手伝いします」という錦織の言葉が、どう物語に響いてくるのか。
なおじは、この言葉がフラグにならないか、心配です。
それと、庄田とサワのデートによって生まれたトキとサワの新しい関係性が、物語にどう影響するのかも注目してます。
ハッピーエンドに描いてほしいというのが、なおじの願いです。
Q&Aで振り返る83話】
Q1:錦織が受けることになった「校長」とは?
A:ドラマでは「校長を受ける」という表現が使われていますが、史実では西田千太郎は島根県尋常中学校校長心得に就任しています。
明治時代の教育制度では、校長職は地域の教育を統括する重要な役割でした。
Q2:西田千太郎の史実での最期は?
A:1897年(明治30年)3月15日に結核により死去しました。
享年36歳(一説に34歳)。
死去時は島根県尋常中学校校長心得に在職中でした。
長年の教育界での功績が評価され、明治27年には島根県私立教育界から功績賞を受賞しています。
Q3:庄田とおサワのデートは今後どう発展する?
A:83話ではおサワと庄田が「異性と食事するのが初めて」と告白し、急接近しました。
庄田の優しさとおサワの真面目さが良い組み合わせで、初デートの緊張感が微笑ましく描かれました。
二人の関係が深まることで、おトキとおサワの溝も埋まる可能性があります。
【筆者紹介|なおじ】
元社会科教師として35年間教壇に立ち、うち11年は校長として学校運営に携わってきました。
現在は8つのブログ(ドラマ・芸能・政治・歴史・スポーツ・旅・学び・書評)を運営しています。
ドラマ記事では、「心の揺れ」をていねいに感受しつつ、社会科教師として培った背景知識でシーンの奥行きを解説するスタイルを大切にしています。