こんにちは、なおじです。
「小泉八雲の子孫って、今どうしてるんだろう?」
2025年の朝ドラ「ばけばけ」を観てから、そんな疑問がずっと頭のすみに引っかかっていたんです。
八雲(ラフカディオ・ハーン)が明治37年(1904年)に54歳で亡くなったとき、長男・一雄は10歳、次男・巌は6歳、三男・清は4歳、長女・寿々子はなんとまだ1歳でした。
この記事では、そんな幼い子どもたちが「父なき後」どう生きたか、そして令和の現在、子孫たちが何をしているのかを、元社会科教師のなおじが追跡していきます。

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- 小泉八雲とセツの子どもは4人。それぞれどんな人生を歩んだか
- 父を幼くして亡くした子どもたちのその後
- 令和に生きる子孫・小泉凡さんの活動とは
- 玄孫・守谷天由子さんとはどんな人物か
- 「怪談」の血はどのように受け継がれているのか
八雲とセツの間に生まれた4人の子

子どもたちの名前と誕生年
小泉八雲と妻・セツ(小泉節子)の間には、三男一女の4人の子どもが生まれました。
| 名前 | 生没年 | 説明 |
|---|---|---|
| 長男 小泉一雄(かずお) | 1893〜1965年 | 父の遺稿整理・書簡集編集。著書『父小泉八雲』 |
| 次男 稲垣巌(いわお) | 1897〜? | 稲垣家に養子入り。稲垣姓を名乗る |
| 三男 小泉清(きよし) | 1899〜1962年 | 洋画家として活躍 |
| 長女 小泉寿々子(すずこ) | 1903〜1944年 | 幼少期に脳膜炎を患い、生涯独身 |

名前の由来がおもしろくて、長男「一雄」は「ラフカディオ」の「カディオ」の音から来ています。
八雲本人は「梶夫(かじお)」と名付けたかったそうですが、セツが「火事を連想する」と反対したそう。
これ、社会科の先生としてはたまらなく好きなエピソードなんですよ(笑)。
言葉の感覚って、日本人の方が繊細だったりするんですよね。
八雲亡き後、セツは一人でどう育てたか
明治37年、日露戦争の最中に八雲は突然この世を去りました。
セツは著作の印税収入と子どもたちを養いながら、長きにわたって未亡人として生きることになります。
セツはその後、自ら英語を学び、八雲の文学普及活動に尽力したと伝わっています。
35年間、教壇に立ってきたなおじとして思うのは、「母親の強さ」ってどの時代も変わらないなあ、ということです。
4人の子どもを抱えて、夫の遺業まで守り続けたセツ。そのエネルギーの根っこは、やっぱり八雲への深い敬愛だったんじゃないかなと思います。
父なき後の子どもたちの歩み
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長男・一雄が守った「父の遺産」

長男の一雄(1893〜1965年)は早稲田大学を卒業後、八雲の親友マクドナルドが経営する横浜グランドホテルで働きました。
関東大震災(1923年)を機に母セツのもとに戻り、翌年に結婚。
父・八雲の遺稿整理や書簡集の編集に生涯を捧げ、著書『父小泉八雲』『父八雲を憶ふ』を残しています。
八雲が亡くなったとき10歳だった一雄が、父の記憶を丁寧に記録し続けた。
なおじ的には「10歳の記憶でどこまで父を書けるのか」って、読むたびに胸が熱くなるんですよね。
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三男・清は洋画家の道へ
三男の清(1899〜1962年)は洋画家として活躍した人物です。
セツのWikipediaにも「画家」と記されており、芸術的な才能は八雲の文学的センスを別の形で受け継いだとも言えそうです。
清の子どもたちには「らん子・閏・一枝・ゴーディ」という名前が伝わっており、そこからさらに子孫が広がっています。
令和の今!子孫たちは何をしているのか

ひ孫・小泉凡さんは民俗学者
令和の現在、最も精力的に八雲の志を受け継いでいるのが、ひ孫の小泉凡(こいずみぼん)さんです。
1961年(昭和36年)東京生まれ。成城大学大学院で民俗学を専攻し、1987年から曽祖父・八雲ゆかりの松江市に移住して活動を続けています。
現在の主な肩書きは以下のとおり。
- 小泉八雲記念館 顧問(元館長)
- 焼津小泉八雲記念館 名誉館長
- 島根県立大学短期大学部 名誉教授
- 山陰日本アイルランド協会 事務局長
2026年2月には富山県の高志の国文学館でも講演を行うなど、精力的に活動しています。
凡さんの専門は「妖怪・怪談を切り口に、文化資源を発掘し観光や地域振興に活かす」という独自の視点で、これは八雲が日本の民俗信仰を怪談として昇華させた精神とまさに地続きなんですよね。
怪談の 血は枯れずして 次の代
なおじの作です(笑)。採点は各自でお願いします。
玄孫・守谷天由子さんはジュエリーデザイナー
次男・稲垣巌の家系には、玄孫(ひ孫の子)の守谷天由子(もりやあゆこ)さんがいます。
守谷さんはジュエリーデザイナーとして活動しながら、「小泉八雲の好奇心を受け継ぎ世界を2周した末裔のブログ」を運営していると伝わっています。
ブログのタイトルがまた絶妙で、「好奇心を受け継いだ」というフレーズに八雲らしさが出ていますよね。
八雲自身、ギリシャ・アイルランド・アメリカ・日本と各地を転々とした好奇心の人でしたから、その血が玄孫にも流れているということかもしれません。
一方で、守谷さんはアイルランド人男性と結婚していると伝わっており、令和の現在も「日本×西洋」という八雲の物語が新しい形でリピートされているような気がしてなりません。
これ、なおじが元社会科教師として思うんですが、「文化の継承」って血でも伝わるし、選択でも伝わるんですよ。
守谷さんが意識的にアイルランドへ向かったのか、偶然そうなったのかはわかりません。
でも「八雲の好奇心」という言葉を自分のブログタイトルに使う時点で、守谷さんは確かに選んでいると思うんです。
ひ孫の子・小泉想さんも子孫として
長男・一雄のひ孫にあたる小泉想(こいずみそう)さんも、明治ガイドに名前が紹介されています。
詳細な活動は現時点では公開情報が限られていますが、八雲から5世代にわたる血脈が続いていることは確かです。
また、三男・清の孫にあたる小泉達矢(こいずみたつや)さんの名前も記録に残っています。
「怪談」の血脈は令和にどう受け継がれているか

民俗学という「現代版怪談」
小泉凡さんが取り組む民俗学的活動は、「妖怪・怪談を観光・地域振興に活かす」という実践的なアプローチです。
これ、一見すると「怪談を使ったビジネス」に見えるかもしれませんが、なおじにはそう見えないんです。
八雲が江戸〜明治の民間伝承を英語で世界に発信したのと同じように、凡さんは令和の日本で「異文化を深く理解し、再発見する」という作業を続けている。
形は違っても、やっていることの本質は同じなんじゃないかなと思います。
え、「観光に活かす」と「文学」が同じって言うの?
って突っ込まれそうですが……まあ聞いてください(笑)。
文化をある場所から別の場所へ「届ける」作業という意味では、八雲の翻訳作業も凡さんの観光振興も、同じ「橋渡し」じゃないかと思うわけです。
セツから始まった「語り継ぐ力」

そもそも、八雲の怪談集に収められた「雪女」「耳なし芳一」など多くの話は、妻・セツが語り聞かせたものがもとになっています。
つまり、怪談の「語り継ぐ力」はセツから始まっているとも言えます。
そしてセツの血を引く子孫たちが、形を変えながらも「語り継ぐ」という行為を令和まで続けている。
35年間、授業で「歴史は人がつなぐ」と言い続けてきたなおじとしては、これほど教材にしたい家族史もないなあと感じます。
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Q&A よく聞かれる疑問に答えます
Q1. 小泉八雲の子どもは何人いたのですか?
A. 妻・小泉セツ(節子)との間に、三男一女の計4人が生まれました。長男一雄(1893年)、次男巌(1897年)、三男清(1899年)、長女寿々子(1903年)です。八雲が亡くなった1904年、子どもたちはまだ1〜10歳という幼さでした。それでも母セツが4人全員を育て上げた逞しさは、驚くばかりです。
Q2. 長男・一雄はどんな仕事をしていたのですか?
A. 早稲田大学を卒業後、横浜グランドホテルで働きましたが、関東大震災後に松江の母セツのもとへ戻りました。その後は父・八雲の遺稿整理や書簡集の編集に専念し、著書『父小泉八雲』『父八雲を憶ふ』を残しています。八雲の死後に生涯を「父の記録者」として生きた一雄の姿は、後世の研究にとって非常に貴重な遺産です。
Q3. 令和に生きる子孫として最も有名な人物は誰ですか?
A. 長男・一雄の孫・時さんの子である小泉凡(こいずみぼん)さんが最も広く知られています。1961年東京都生まれの民俗学者で、松江市在住。小泉八雲記念館顧問・島根県立大学短期大学部名誉教授・焼津小泉八雲記念館名誉館長などを務めながら、講演・執筆・地域振興活動を精力的に行っています。
Q4. 守谷天由子さんはどんな活動をしていますか?
A. 次男・稲垣巌の家系に連なる玄孫で、ジュエリーデザイナーとして活躍する傍ら、ブログで「世界を2周した小泉八雲の末裔」として自身の経験を発信しています。アイルランド人男性と結婚していることも伝わっており、八雲がアイルランド出身であることを思うと、不思議な縁を感じます。詳細は彼女自身のブログで確認できます。
Q5. 「ばけばけ」と八雲の子孫はどう関わっていますか?
A. NHK朝ドラ「ばけばけ」(2025年後期)は小泉八雲とセツをモデルとした作品です。ひ孫の小泉凡さんは「ばけばけ」に関連するイベントや展示会に関わっており、松江の小泉八雲記念館でも同作の企画展が開催されました。「ドラマを機に八雲に興味を持った方にも、ぜひ記念館に足を運んでほしい」と凡さんはコメントしています。
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筆者紹介|なおじ
なおじは元社会科教師として教育現場に35年間携わり、指導主事を5年、校長を11年務めました。退職後もボランティアで子どもたちに学習を教えています。
社会科・歴史を長年教えてきたので、時代背景や史実との比較が得意分野です。小泉八雲のような「異文化をつなぐ人物」の授業は、教室でも特に生徒たちが目を輝かせたものでした。指導主事として授業研究にも携わり、教え子からは「歴史が面白くなる先生」と呼ばれていました。