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「風、薫る」10話感想|謎の紳士・卯三郎登場、元教師なおじが読む直美の孤独

こんにちは、なおじです。

「風、薫る」10話(4月10日放送)、見ましたか?

炊き出しで腹を満たす環とりん、教会に戻った直美、そして話の後半で登場した謎の紳士・瑞穂屋卯三郎(清水卯三郎)

今日の10話は、「人はなぜ他人の面倒を見るのか」というテーマが、静かにじんわりと染み込んでくるお話でしたよね。

この記事でわかること

  • 10話のあらすじと見どころポイント
  • 直美が環の面倒を見た理由となおじの考察
  • 謎の紳士・清水卯三郎(坂東彌十郎)とは何者か
  • 牧師・吉江善作(原田泰造)の存在感について
  • 来週11話への期待と伏線の読み解き
目次

炊き出しから始まる10話の空気感

腹が減っては、心も弱る

10話の冒頭、環とりんが炊き出しで腹を満たすシーンから始まりましたね。

明治の東京で、食べ物にありつくことがどれほど大変だったか。

なおじ、社会科教師として明治の都市貧困をずっと授業で教えてきたんですが、「炊き出し」って言葉で終わらせてしまいがちなんですよ。

でも今日の画面を見て、改めて「ああ、こういうことか」と実感しました。

炊き出しの場に立っている人間の表情というのは、プライドと空腹がせめぎ合っているんです。

環もりんも、必死でそこに立っている。

その場面の重みが、ちゃんと画面から伝わってくるのが「風、薫る」の良いところだなと思います。

吉江善作(原田泰造)という人の温かさ

直美が教会に戻ってきた場面で、なおじが思わず「この牧師さん、いい人だなあ」とつぶやいてしまいました。

演じているのは原田泰造さんです。

吉江善作という牧師は、孤児だった直美を4年前に引き取り、直美が自立したいと言えば「そうか」と送り出す。

戻ってきたら「おかえり」と受け入れる。

余計なことを言わない。それが、なおじにはものすごく刺さるんですよね。

35年間、教師をやってきて思うのは、「余計なことを言わない大人」がいかに少ないか、ということです。

生徒が戻ってきたとき、「やっぱりね」「言ったじゃない」と言いたくなる気持ちはわかる。

でも吉江さんは言わない。

  炊き出しに 戻る直美の 背を押して

原田泰造さん、最近こういう「静かに支える大人」の役がほんとに似合うようになりましたよね。

👉関連記事:朝ドラ「風薫る」第9話感想|まさか叔父の店が倒産していた

直美が環の面倒を見た理由を考える

毒舌の裏にある「根の良さ」

さて、今日の10話でなおじが一番「うまいなあ」と思ったのが、直美が環の面倒を見るというくだりです。

りんが「環を頼みます」と言って職探しに飛び出していく。

図々しいといえば図々しい(笑)。

でも直美は文句を言いながら、ちゃんと環を見ている。

毒舌で、嫌みで、いつも鋭い言葉を使っている直美が、小さな子どもの面倒をさらりと見る。

ここで「ああ、この人の根っこは優しいんだな」とわかるわけです。

ところが、それだけじゃないと思うんです。

直美は環に自分を見ていた

なおじの読みでは、直美は環を見ながら、昔の自分を見ていたのではないでしょうか。

孤児として教会を転々とした直美にとって、親もいない知らない土地に連れてこられた環は、まるで鏡のはずです。

「助けてほしかった昔の自分」がそこにいる。

だから、口ではぶつぶつ言っても、手は動く。

35年間、教師をやってきて思うのは、いちばん子どもの傷みがわかるのは、同じ傷を持った大人だということです。

直美というキャラクターの深みが、10話でぐっと増しましたね。

「大家直美」という名前が持つ二つの重さ

姓「大家」——施しを受けて生きた証

大家さんの名前から取って「大家」。

明治初期、孤児や身寄りのない者には姓がなかった。

明治8年(1875年)に平民への苗字使用が義務化されましたが、身寄りのない者はどこかから姓を「もらう」しかなかったんですよね。

大家さんから「大家」をもらった直美の姓には、「誰かの施しを受けて生きてきた」という重さがそのまま刻まれているのかも‥。

毎日その姓を名乗るたびに、自分の出自を思い知る。

これ、けっこうきついことだと思いませんか。
なおじだったら、早々に改名したくなりそうです(笑)。

明治の孤児と「名前をもらう」という現実

名前がない、というのは現代に生きるなおじたちには想像しにくいことですよね。

でも歴史的に見ると、明治初期の孤児救済に携わっていたのは、キリスト教系の施設や宣教師たちでした。

石井十次のおかやま孤児院が有名ですよね。
そういった施設で育った子どもが、聖書に関連した名をつけてもらうというのは、歴史的にも不自然ではありませんでした。

社会科の授業でこのあたりの話をすると、生徒がいちばん驚くんです。

「名前って、もらうものだったんですか?」って。

そうなんです。名前は与えられるものでもあった時代があった。

名「直美」——聖書が込めた祈り

「直美」は聖書から取った名前だというのが、第10話で明かされました。

聖書の中で「直(なお)」に相当する価値観は、「正直・真実・曲がらない心」ですよね。

ヘブライ語では「ヤーシャル(yashar)」——まっすぐ、正しい、という意味を持つ言葉に相当します。

そして「美(み)」は聖書的に言えば「神が造られたものは美しい」という感覚、つまり被造物の尊さ‥。

名付けた人物が何を祈ったかはドラマの中では語られていませんが、なおじの読み方では——

「まっすぐで美しく生きよ」という祈りを込めた名前、ということかな、と‥。

直美さん、あなたの名前は、付けた人の祈りがこもった良い名前だよ‥。

姓と名がセットで語ること

由来込められた意味
姓「大家」大家さんの名から施しを受けて生きてきた重さ
名「直美」聖書からまっすぐ美しく生きよという祈り

姓には「過去の重さ」、名には「未来への祈り」。

この二つが一人の女性の中に同居している。

しかも、その女性が毒舌で、感情を押し殺して、東京でひとりぼっちになっている。

なぜ直美の孤独が「かわいそう」じゃなくて**「怖い」**のか。

それはたぶん、あれだけ深い名前を背負っているのに、その祈りに自分が気づいていないかもしれないから——。

あるいは気づいているからこそ、重さに押しつぶされそうになっているから——。

どちらだとしても、見ていてしんどくなるんですよね。

35年教師をやってきて思うのは、自分の名前の由来を知ったとき、子どもって変わるんです。

「誰かが自分のためにこの名前を考えてくれた」というのが、静かにでも確実に、心の芯になっていく。

直美はまだその段階にいない。

だから今の彼女は、あんなにひりひりしているのかもしれません。

「名をもらい まっすぐ生きよと 春の荷」

りんとの比較で見えること

なおじが気になったのは、りんと直美を比べたときのバランスです。

りんには家族がいる。那須の山の中で、父親(北村一輝)の顔を見て育った。

対して直美は、「大家さん由来の姓」しか持っていない。

それでも直美は生き抜いてきた。

なおじは逆に思うんですよ。

直美の強さは、何もなかったからこそ育ったのだ、と。

何もなければ、自分で作るしかない。

吉江さんが「余計なことを言わない」のも、直美がそう育ったからかもしれませんね。

👉関連記事:「風、薫る」第1週まとめ|翼と刀・5話の見どころ

謎の紳士・清水卯三郎(坂東彌十郎)とは何者か

りんが出会った「最後の一手」

夜になっても職が見つからず、鼻緒まで切れて、ベンチに座り込んだりん。

そこに現れた謎の紳士。

なおじ、正直最初は「うさんくさいな」と思いましたよ(笑)。

明治の東京で夜にベンチに座っている若い女性に声をかける男性……これはあかんやつじゃないのか、と。

でも来週の予告を見ると、どうやらよい人らしい。

この人の正体は、清水卯三郎(坂東彌十郎)です。

明治を生きた実在の人物が土台に

ときまさ先生

清水卯三郎というのは、実在した明治の商人です。

万国博覧会への出品や貿易を手がけた人物で、当時の文明開化を最前線で引っ張った1人でした。

坂東彌十郎さんといえば、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で北条時政を演じ、一躍存在感を示した俳優さんですよね。

あの飄々としていて、でも芯が通っている感じが、清水卯三郎という役にぴったりだと思います。

なおじの直感では、この卯三郎という人物は、りんと直美の「社会への窓口」になる役どころでしょう。

  うさんくさ でもよい人か この紳士

(こういう人、教室にもいましたよ。最初は「なんかあやしい先生だな」と思われて、最後は一番人気、みたいな(笑))

来週・11話への期待と伏線

直美が貴婦人の洋服を着る日

来週の予告で、直美が貴婦人の洋服を着て登場するらしいですよ。

りんは清水卯三郎の店・瑞穂屋で働き始めるというのが来週の流れのようです。

毒舌の直美が貴婦人スタイルで登場するというギャップ、今から楽しみですねえ。

なおじ、「先生が卒業式に普段と全然ちがう格好で来る」あの瞬間みたいな感じかなと思っています(笑)。

りんと直美の距離は縮まるのか

10話のラストでは、りんと直美がまだ「微妙な距離感」のまま。

炊き出しの場を通じて、少しずつ相手のことがわかってきた。

でも「好きかどうか」は別問題ですよね。

来週、職場で新たな出会いがあるのか‥、
りんと直美、距離は縮まるのか‥。

りんと直美のバディがどう育っていくか、来週も楽しみです。

👉関連記事:朝ドラ「風、薫る」第1話|家老が農民になった謎

Q&A|「風、薫る」10話をもっと楽しむために

Q1. 吉江善作(原田泰造)の牧師には実在モデルがいますか?

A. 吉江善作のモデルとして、「近代日本キリスト教の父」ともいわれる植村正久(1858〜1925)が有力視されています。

植村は横浜のブラウン塾でキリスト教に接し、下谷の教会を設立した人物です。「下谷松町教会」という劇中の設定も、植村の活動拠点と重なっています。

原田泰造さんも役作りのために聖書を読んで教会の礼拝に参加したとのこと。

実在の人物の息吹を意識しながら見ると、吉江さんの静かな優しさがより深く感じられますよ。

Q2. 清水卯三郎(坂東彌十郎)は実在の人物ですか?

A. はい、実在します。清水卯三郎(1837〜1901)は明治の商人・文化人で、パリ万博や維也納(ウィーン)万博への日本商品の出品に尽力した人物です。

日本の文明開化を積極的に推進しようとした先駆者の一人で、明治初期の東京で重要な役割を担いました。

劇中の瑞穂屋という店も、こうした背景を踏まえた設定と思われます。

Q3. 直美の「大家」という姓にはどういう意味がありますか?

A.明治8年(1875年)、平民苗字必称義務令によって、日本のすべての人が苗字を持つことが義務づけられました。

しかし孤児や身寄りのない者は、そもそも「名乗れる姓」を持っていない。

劇中の設定では、孤児だった直美が世話になった大家さんの名前を借りて**「大家直美」**と名乗るようになった、ということが語られています。

姓は「誰かからもらうもの」だった時代があったということ。

現代に生きるなおじたちには想像しにくいですが、これは明治初期の孤児にとってはごく普通のことでした。

「大家」という姓を名乗るたびに、自分が誰かの施しを受けて生きてきたことを思い知る——。

その重さが、直美の毒舌の根っこにある「傷」と直結しているような気がします。

明治の貧しい孤児が姓を得るということの意味を、これほど丁寧に描いた朝ドラはそうそうなかったのではないでしょうか。

Q4. りんが職探しに失敗した理由は何だったのでしょうか?

A. 明治15年(1882年)の東京では、女性が単独で職を得ることは非常に困難でした。

女工・女中・洗い張りなどの仕事はあっても、身元保証人がいない、顔見知りがいない、という壁があったはずです。

りんのように那須から出てきたばかりで、伝手もない状態では、いくら足を使っても「今日すぐ雇ってくれる場所」はなかなか見つからない。

その現実を10話はきちんと描いていました。

Q5. 「風、薫る」はどんな史実をもとにした物語ですか?

A. 主人公のりんのモデルは、日本初の看護師として知られる大関和(おおぜきちか)です。

明治時代に「トレインドナース」(近代的な訓練を受けた看護師)を目指した実在の女性で、桜井女学校や慈善病院での経験を経て看護の道を歩みました。

脚本家の吉澤智子さんは、田中ひかるさんの著書『明治のナイチンゲール 大関和物語』を主要な参考文献としています。

歴史と創作が絶妙に混じり合った物語です。

筆者紹介|なおじ

なおじは元社会科教師として教育現場に35年間携わり、指導主事を5年、校長を11年務めました。退職後もボランティアで子どもたちに学習を教えています。

社会科・歴史を長年教えてきたので、明治時代の背景や実在モデルとの比較が得意分野です。指導主事として授業研究にも携わり、「歴史が面白くなる先生」と教え子に呼ばれていました。「風、薫る」の史実との絡み合いは、毎話楽しみながら見ています。

現在は8つのブログでドラマ芸能政治歴史スポーツ学び書評を書いています。

風、薫る10話

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