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風薫る第5話・大山捨松が英語堪能だった史実を元教師が検証

こんにちは、なおじです。

NHK朝ドラ「風、薫る」第5話、ついに捨松が登場しましたね。

「鹿鳴館の華」と称される大山捨松(多部未華子)との出会いが、りんの人生にどんな変化をもたらすのか。

そして「捨松の史実ってどんな人だったのか」、ずっと気になっていたので調べてみました。

驚いた。本当に驚いた。

史実の捨松、想像より数段スケールが大きかったんです(笑)。

🖊️この記事でわかること

  • 風薫る第5話のあらすじとポイント
  • 大山捨松のモデルとなった史実の人物と読み方
  • 捨松は本当に英語のほうが得意だったのか
  • 大山巌の語学力はどうだったのか
  • 捨松との出会いがりんに与える影響と、物語の「正義」テーマとの関係
目次

風薫る第5話のあらすじと「また間違えた」の意味

信右衛門が逝って、一ノ瀬家はじり貧に

第5話のりんたちは、厳しい状況の中にいます。

父・信右衛門がなくなり、一ノ瀬家はじり貧状態。

妹・安の縁談もなくなり、母・美津(水野美紀)が畑に出るほど追い詰められていましたね。

そこへ「りんを後妻に」という見合い話が舞い込んでくる。

相手は飛脚上がりで運送業を成功させた成金で、なんと18歳上だとか。

しかもりんと同い年の息子がいるという条件。

えっ、息子と同い年の後妻候補って、どういうことですか(笑)。

家族全員の立場が複雑すぎる。

なおじが若い頃、「年の差婚って大変だよねえ」と言ったら、年配の先生に「お前には関係ない」ってバッサリ切られたことを思い出しました。

関係大ありだったのに‥(笑)。

👉関連記事:朝ドラ風、薫る第4話・信右衛門「生きろ」の重みと謎

「また間違えた」はどういう意味か

第5話放送前にNHKのニュースで、主演2人へのインタビューが放送されていました。

そこで語られたこの物語のテーマは、「他者の正義とどう向き合うか」ということ。

りんがしばしば発する「また間違えた」というセリフ。

これは単純なミスのことではなく、「他者の正義との向き合い方を間違えた」という意味で使われているそう。

なおじ、これを聞いてちょっと膝を打ちました。

35年間、教室で生徒たちと向き合ってきた身からすると、「自分の正義と相手の正義がぶつかる」という問いは、学校で毎日起きていたことです。

正義ってやつは、自分の側からは常に「正しい」に見えるから難しい。

だからこそ、りんの「また間違えた」には重みがあったわけだ‥。

👉関連記事:風、薫る第3話|りんが「また間違えた」と泣いた理由

大山捨松のモデルは本物の「鹿鳴館の華」

史実の捨松・会津出身の女子留学生

ドラマで多部未華子が演じる大山捨松(おおやま すてまつ)。

その史実のモデルは、山川(のち大山)捨松(1860〜1919)という実在の女性です。

「捨松」の読み方は「すてまつ」。

これは史実でもドラマでも変わりません。

会津藩家老の娘として生まれ、明治4年(1871年)、わずか11歳岩倉使節団に随行して渡米。

日本初の女子官費留学生のひとりだったんです。

項目内容
出身会津藩士の家(現・福島県)
渡米時の年齢11歳(明治4年・1871年)
留学期間約11年間
帰国明治15年(1882年)
結婚相手陸軍卿・大山巌
称号鹿鳴館の華・鹿鳴館の貴婦人

👉関連記事:風、薫る相関図|登場人物50人を5グループ別に読み解く

「捨松」という名前の由来

「捨松」という名前には、渡米のときに母がつけた覚悟の思いが込められています。

「この子は国のために捨てた子と思おう。そしていつまでも帰りを待つ(松)」

という願いで、渡米に際して新たにつけられた名前だそう。

なおじ、これを調べて少し胸が痛くなりました。

11歳の娘を11年間も海の向こうに送り出した親の気持ちと、見知らぬ土地で育った娘の気持ち。

どちらも正義だよなあ、と‥。

この物語のテーマ「他者の正義とどう向き合うか」に、捨松自身の人生もぴったり重なってくる気がします。

渡米前の本名は「咲子」だった

ところで、「捨松」という名前は渡米のときにつけられたもの???

では、元の名前は何というのでしょうか。

複数の資料によると、捨松の幼名は「さき」、のちに**「咲子(さきこ)」**と改めています。

旧姓と合わせると「山川咲子(やまかわさきこ)」ですね。

時期名前
時期名前
幼少期さき(山川さき)
渡米前咲子(山川咲子)
渡米時(11歳)に改名捨松(山川捨松)
結婚後大山捨松

「咲子」から「捨松」へ。

咲き誇る花のような名前から、母が覚悟を込めてつけた名前へ。

この改名の場面を想像すると、なおじはなんとも言えない気持ちになります。

えっ、でも名前を「さき(咲く)」から「すてた(捨てた)」に変えるって、親としてどれだけ辛い決断だったか。

「咲子」のままアメリカに送り出してあげればよかったんじゃ、と思わなくもないですが……

それが時代の要請(国のために身を捧げよ)、そして母としての覚悟だったのでしょうね。

35年間、学校へ「いってらっしゃい」と子を送り出す母親・父親の姿を見てきたなおじとしては、「捨てたつもりで待つ」という言葉の重みは、ちょっと重すぎる‥。

捨松の史実・英語が得意で日本語が苦手だった理由

帰国時、日本語がほぼ話せなかった史実

ここがなおじが一番気になっていたところです。

「ドラマの演出で日本語より英語が得意という設定にしているんだろうな」と思っていたら……史実を調べてびっくりしました。

帰国時の捨松は、ドラマどおりに日本語がほぼ話せなかったんです。

11歳で渡米して11年後に帰国しているわけですから、当然といえば当然ですが‥。

22歳で帰国したとき、英語・フランス語などには堪能で、日本語は「日常会話がある程度できる程度」という状態だったとされています。

帰国後は日本語を学び直しましたが、社交や対外的な場では英語でやりとりするほうが自然だったよう。

ドラマの「日本語より英語が堪能」という設定は、史実をしっかり反映していたということですね。

捨てた松 海の向こうで 咲き誇り

鹿鳴館の「華」と呼ばれた理由

帰国後の捨松は、大山巌と結婚して社交界にデビュー。

流暢な英語、アメリカ仕込みの立ち振る舞い、凛とした美貌で、たちまち「鹿鳴館の花」と呼ばれるようになりました。

写真を見ると確かに、現代的な美しさを持った方ですよね。

多部未華子が演じるのも、なかなか納得の配役かなと思います。

えっ、なおじが見た写真の感想が「現代風の美人さん」って、語彙力が足りない(笑)。

でも、あの写真の凛とした表情は、11年間アメリカで生き抜いた人の強さを感じます。

大山巌の語学力はどうだったのか

薩摩の猛将でありながら国際的な軍人

大山巌(ドラマで高島政宏が演じています)。

薩摩出身の軍人で、明治政府の陸軍卿として活躍した人物です。

では、語学力はどうだったのか。

史料に詳細な記述は少ないですが、当時の陸軍高官として欧米の軍事制度調査や外国人将校との折衝に関わっています。

つまり、通訳を介しながらも英語やフランス語の会話をある程度は理解していたと考えられます。

ただ、鹿鳴館での社交では、場の雰囲気を作るのはやはり捨松の役目だったでしょうね。

「捨松が仕切る」夫婦の役割分担

「捨松が圧倒的に語学が得意で、夫はそれを頼りにしていた」という構図は史実に近い、とみてよさそう。

学校で言うと、運動会の段取りを全部仕切る先生と、「あとはよろしく」ってニコニコしてる校長先生みたいな感じかなと‥(笑)。

なおじ、校長を11年やりましたので、後者の気持ちはよくわかります(笑)。

「全部わかっているわけじゃないけど、頼れる人がいる」というのは、案外強い。

捨松とりんの出会いが、夫婦関係の描写も含めてどう展開するのか、楽しみですね。

捨松との出会いがりんに何をもたらすのか

「全く異なる正義」を生きている人との出会い

今回の「りんと捨松の出会い」は、ドラマの創作部分が大きい場面ですよね。

史実で大関和(りんのモデル)と捨松が交流していたという資料は、やはり見つかりませんでした。

ただ、捨松が鹿鳴館のバザーの収益を看護教育に使っていたことは史実にありました。

つまり、看護を志すりんと捨松が出会うことは「史実的におかしくはない」という設定になっているわけです。

捨松という存在は、りんにとって「全く異なる正義を生きている人」との出会いです。

11年間アメリカで育ち、英語で考え英語で生きてきた女性。

会津の血を引きながら、薩摩の大山と結婚した女性。

本来は「敵同士」の立場を超えて、自分の道を切り開いた女性。

こういう存在と出会ったとき、りんの「正義との向き合い方」にどんな変化が起きるのか。

35年間、教室でさまざまな価値観をぶつけてきたなおじには、この出会いの描き方がとても楽しみです。

👉関連記事:会津の「什の掟」とは?7カ条で学ぶ江戸時代の武士教育システム

直美と「英語」という共通の問い

一方、大家直美は教会で英語を学んでいます。

りんも直美も「英語という窓から外の世界を知ろうとしている」という構図は、明治時代の女性たちのリアルな姿と重なります。

英語より 正義の言葉が 伝わらず

謎を多くちりばめた第5回でした。

『りんと虎太郎との関係がどうなるのか』も含め、次週が気になって、なおじ朝ごはんをゆっくり食べる暇がありませんでした(笑)。

風薫る第5話 よくある疑問に答えます

Q1. 大山捨松は何話まで登場しますか?

A. 第5話で初登場した大山捨松(多部未華子)は、りんの看護師としての道に関わるキャラクターとして今後も継続登場すると考えられますよね。

ただし、具体的な登場話数はNHKからの正式発表がなく、現時点では未確定です。

ドラマの原案となる「明治のナイチンゲール」では捨松はりんの重要な関係者として描かれている、ということは調べられました。

Q2.「捨松」の読み方と名前の由来は?

A. 史実でも「すてまつ」が正しい読み方です。

ドラマの字幕・番宣資料でも「捨松(すてまつ)」と表記されています。

名前の由来は「国のために捨てた子と思い、いつまでも帰りを待つ(松)」という母の覚悟から。

渡米時の11歳、出発のときにつけられた名前です。

Q3. 大山巌とはどんな人物ですか?

A. 史実の大山巌(おおやま いわお)は薩摩藩出身の軍人で、西南戦争・日清戦争・日露戦争などで陸軍を率いた明治日本の代表的な将軍です。

明治政府では陸軍卿や参謀総長などの要職を歴任し、のちに元帥陸軍大将となりました。

捨松と結婚したことで、鹿鳴館時代には「近代日本を象徴するカップル」としても知られています。

ドラマ「風、薫る」に登場する大山巌も、こうした史実の人物像をベースに描かれていると考えてよいでしょう。

Q4. りんのモデルとなった大関和という人物はどんな人ですか?

A. 大関和(おおぜき・かず)は、明治時代の日本初のトレインドナース(正規訓練を受けた看護師)のひとりとされる実在の女性です。

ドラマの主人公「りん」のモデルですが、史料が限られており、ドラマ側が創作を加えている部分も多いと考えられます。

👉関連記事:朝ドラ「風、薫る」放送期間・全130回と実在モデル2人

Q5. 「正義との向き合い方」がテーマというのは、具体的にどういうことですか?

A. NHKのインタビューで語られたこのテーマは、「自分の正義が正しいと思っているとき、相手にも別の正義がある」という問いです。

りんが「また間違えた」と言うのは、相手の正義を尊重できなかったと感じる瞬間。

明治という時代、さまざまな立場の人々がぶつかり合う中で、りんがどう成長していくかを描く物語として受け取っています。

筆者紹介|なおじ

なおじは元社会科教師として教育現場に35年間携わり、指導主事を5年、校長を11年務めました。退職後もボランティアで子どもたちに学習を教えています。

社会科・歴史を長年教えてきたので、時代背景や史実との比較が得意分野です。指導主事として授業研究にも携わり、教え子からは「歴史が面白くなる先生」と呼ばれていました。

現在は8つのブログでドラマ芸能政治歴史スポーツ学び書評を書いています。

捨松と勲

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