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鴨長明は貧乏を楽しむ『優雅な生活』の中で、『方丈記』を書き上げた

方丈記
目次

鴨長明は なぜ『方丈の庵』に住んだのか

 鴨長明は、1155年(久寿2年)から1216年(建保4年)にかけて生きた人物。

 実家は下鴨神社。わずか6歳で従五位下となる。長明は、いわばお坊ちゃま。このまま出世街道を歩むかに思われた。
 ところが、長明が17,18歳のころ、父親の鴨長継が死去する。

 後ろ盾の父親の死が、不運の始まり。下鴨神社の跡継ぎの座をかけ、従兄弟とも叔父の孫ともいわれる鴨祐兼(かものすけかね)争うが、敗北してしまう。
 失意の長明は、次のような歌を詠む。

住みわびぬ
いざさは越えむ
死出の山
さてだに親の跡をふむべく

 生きるのが厭になった。この世で父の跡目を継げないなら、せめて死ぬことで亡き父の跡を継ごう。  【意訳】

下鴨神社の跡継ぎの座が難しくなった長明は どうしたか

 下鴨神社の跡継ぎの目が無くなった長明は、和歌や琵琶にのめり込む。

「出世が無理なら、よいわい。儂には和歌もある。琵琶もある。これで有名になってやるわい。」

 負けおしみ、とも取れるが、
 若い長明の気骨、とも感じないでもない。
 何も、出世だけが道では無い!
 「風流の道でトップになってやる」
 という生き方があってもよいでないか。

 青年、鴨長明は、そう思ったのだと思う。

親戚は、風流の道を目指す長明を どう見たか

 だが、親戚たちは、長明の生き方を認めなかったようだ。

「何をやってるんだか。」
「神につかえる身が、和歌だ、琵琶だと。ええかげんにせえよ。」
「修行せえや。」

と、思っていた。

親戚の白い目に対し、長明はどう行動したか

 跡継ぎの目は無くなったとはいえ、長明は、下鴨神社のお坊ちゃま。近くの祖母の屋敷へ移り、和歌と琵琶の腕をみがきながら暮らした。
 この暮らしは、長明が30歳のころに、祖母の家を追い出されるまで続いた。

鴨長明 絶頂期の47歳

ウィキペディア:新古今和歌集

 その後も和歌の修行にはげんだ鴨長明は、47歳の時、後鳥羽上皇の勅命で「和歌所」の寄人(よりうど)に任命される。寄人とは、「選歌委員」のこと。
 後鳥羽上皇は、自らも歌人として有名。「和歌所」の寄人らに、勅撰和歌集である『新古今和歌集』を編ませている。

 鴨長明の和歌の腕前は相当高く、有名な藤原定家に歌の勝負で勝っている。

この能力を見込まれ、和歌所の寄人に抜擢されたわけだ。

 長明は、寄人としても一生懸命に働き、その働きぶりを後鳥羽上皇に高く評価された。
 上皇は、長明の頑張りに報いるため「河合社(下鴨神社の摂社)の長の座」を約束した。

 長明の絶頂期である。後鳥羽上皇の計らいに、泣いて喜んだという。

 「ところが」である。
 またまた、鴨祐兼(かものすけかね)が、鴨長明の出世の邪魔をする。河合神社のトップ就任に難癖をつけたのだ。

神職の厳しい修養と縁のない温室育ちが、なんで神職に復帰できますものでしょうか。いくら上皇の意見と言えども、認められません。

  上皇も、無理を通せなくった。神官復帰がかなわなかった長明は、

 私は、本当に運の無い男だ。

 と、嘆く。

 長明を哀れんだ上皇は、わざわざ別の神社の神職の道を用意した。しかし、長明は、上皇の前から姿をくらましてしまう。

 社会的に言えば、負け犬決定の瞬間だった。

失意の中、鴨長明はどう行動したか

 失意にくれる長明は、1204年(元久元年)に出家し、洛北大原で4年を過ごした。その後、1211年(建暦元年)日野に移り、三メートル四方の草庵に移り住む。ここで、片仮名と漢字交じりの和漢混淆(交)文の「方丈記」を書く。

ウィキペディア:鴨長明の方丈の庵(復元)

方丈記の内容

 日本人の精神の中には、古来「わび」とか「さび」に魅力を感じる、という精神構造がある。「孤独」を愛する民族だ。

 方丈記は、世の「無常」を説く。『一切のことは、流れ、留まることはない』
 今繁栄しているように見える人・家も、ずっと繁栄し続けるなどということはない。

 逆も真なり。

「人生に失敗し、すべてを失ったかに見える人」も、「すべてが失敗」か?
 すべてのモノは、流れ変化する。

 現に、鴨祐兼鴨長明を比べたら、今生きている人々は、どちらの名前を知っているだろうか。
 鴨祐兼は、いわゆる人生の成功者。下鴨神社のトップになった人。
 対して、鴨長明は、下鴨神社から追い出され、結婚に失敗し、和歌の腕をもちながら上皇の元から逃げ出し、すべてを失った人だ。

 だが、我々は、鴨長明は知っているが、鴨祐兼はほとんど知らない。
 歴史的にみれは、勝者は日本三大随「方丈記」の作者の鴨長明の方だ。

 人生に悩んでいる人、人生に失敗してしまったと自分で思い込んでいる人は、「方丈記」の鴨長明を思い出すべきだ。

 何と言うことは無い。世は「無常」。評価は変わる。

方丈記の内容 『長明が直面した五大災害』

 安元の大火(1177年)、平安京の3分の1を焼失させた大火について。京暮らしの恐ろしさに触れている。。

 治承の旋風福原遷都(1180年)、都の北東から南南西に向かって進行した竜巻について。世情不安な都に源氏挙兵の知らせが届き、荒廃した都を捨て福原遷都。貴族たちも福原に付き従い、都の豪邸は見る見る荒れ果てた。

 養和の飢饉(1181年)、異常気象による飢饉。人々の暮らしの悲惨さ、愛情深い人の方が先に死ぬという現実。

 元暦の大地震(1185)、地震の恐ろしさ。

 自然の驚異、人間の無力さについて書かれている。

方丈記の内容 『長明の生涯について』

 方丈の庵について、3メートル四方の庵。

 長明自身は、「自分の運のなさ」を感じ、出家したと語っている。
 一般的に言えば、失敗の人生。長明も自らを「自分はとことん運が無い」と嘆くほどだった。

方丈記の内容 『方丈の庵での生活について』

 さて実際、長明の草庵住まいはどうだったろうか。

 長明にとって、この遁世生活は思うほど悪いモノではなかった。


『すきの遁世』

数寄」について、長明は「発心集」のなかでこう語る。

数寄というは、人の交はりを好まず、身のしづめるをも愁へず、花の咲き散るをあはれみ月の出入りを思ふにつけて、常に心を澄まして、世の濁りに染まぬを事とすれば、おのづから生滅のことわりも顕はれ、名利の余執つきぬべし。これ、出離解脱の門出に侍るべし。」

ウィキペディア:発心集

 とはいっても長明は、草案に引きこもってだけいたわけでは無い。歌とともに文章を書いた。人生を投げてしまったわけでも無く、「引きこもり」でも無いのだ。

 花鳥風月を愛で、人間への興味や関心をもち、時に人に会い、「発心集」という説話集を書く。さらに、和歌についての本「無名抄」も書いている。

 自らの,興味関心については、意欲的だった。

 この方丈の草庵住まいは、今で言えば、キャンピングカー住まいのような感覚だったのではないか。草案というと、いかにも貧乏そうだが、実は「優雅な生活だったのでは」と思える。

 一般的な現世の「成功」を目標とすることから、「別の目標を設定した。」

前向きな遁世。

「方丈記」は、なぜ片仮名交主体の混淆文で書かれたのか

 鴨長明のころ、訓読みが定着し、語順も日本語順で表記されるようになっていた。乎古止点(をこと点)から発展した片仮名が、漢字表記に巧みに使われるようになっていた。


 長明は、漢籍にも十分な素養がある。平家物語のように、漢字主体、補助として片仮名を用いて表記することなど、お手のものだったはず。でも、そうしなかった。

 長明は、「方丈記」を片仮名を主体として書いた。なぜか。

ウィキペディア:方丈記より
ウィキペディア:平家物語

方丈記の訳者、蜂飼耳さんは次のように言う。

和漢混淆文は『方丈記』の一つの大きな特徴ですね。漢字+カタカナという表記の方法が採用されています。つまり、当時の文体としてはたいへん挑戦的かつ独創的なもので、それ以降の『平家物語』や『源平盛衰記』といった中世のさまざまな作品に文体上の影響を与えたとされています。書き言葉としての漢文と、話し言葉に近い言語としての和文、両方の長所をピックアップして、重ね合わせて織り上げていく文体は、鴨長明の中で書きながらできあがっていったものでしょう。というのが、文体について考えるときに見えてくる一つの事実なわけですが、現代の一読者として『方丈記』の原文に接してみると、漢文の対句的な表現ゆえに生まれるリズム感やテンポが、ある種の歯切れの良さを生み出しながら、なおかつ現代的な見方からいえば抒情を秘めている文章だという印象を受けました。

蜂飼耳訳:方丈記あとがきより

 民族の思考は、言葉に依るところが大きい。
 鴨長明は、「方丈記」を通して、新しい文体を生み出した。

 一見、人生の敗北者と見える粗末な小屋に住む人物が、その後の時代背景に続く「文字文化」を生んだ。「日本の魂」を生み出した。

 そして、蜂飼さんの言葉を借りれば、『抒情』豊かに、『自らの感情を表現する』。その感情、思想は、いかにも日本的な『無常観』。

「ユク河ノナカレハタエスシテシカモヽトノ水ニアラスヨトミニウカフウタカタハカツキエカツムスヒテヒサシクトヽマリタルタメシナシ世中ニアル人ト栖ト又カクノコトシタマシキノミヤコノウチニ」

方丈記より

 すべてのモノは移ろいゆく。
 「現世の成功、失敗に、こせこせするな。」

「今、負けと思っていたとしても、時が来たら、わからんぜ。」
 

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