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自虐史観からの脱却:日本の歴史を正しく理解させ、誇りを育てる教育

仏像

「日本人は侵略者だった」「日本の歴史は恥ずかしい」
—こうした言葉を聞いたことはないでしょうか。

これらは、いわゆる「自虐史観」の表れです。自虐史観とは、自国の歴史を過度に否定的に捉える見方のことを指します。

近年、この自虐史観が日本社会に深く根付いていることが問題視されています。
なぜ今、この問題を考える必要があるのでしょうか。

それは、自虐史観が日本人のアイデンティティや国際社会での日本の立場に大きな影響を与えているからです。

目次

1. 自虐史観の形成過程

自虐史観の形成には、戦後の歴史教育が大きく関わっています。第二次世界大戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の占領下で、日本の教育システムは大きく変革されました。

特に注目すべきは、GHQが実施したWGIP(War Guilt Information Program、戦争罪悪感情報プログラム)です。このプログラムは、日本人に戦争の罪悪感を植え付け、自国の歴史や文化に対する批判的な見方を促すことを目的としていました。

具体例として、1946年に始まったラジオ番組「眞相はかうだ」があります。
このプログラムは、GHQの民政局が台本を書き、NHKに放送させたもので、戦前の日本の行動を批判的に描写し、日本人に「戦争の罪」を認識させることを目的としていました。

また、教科書の内容も大きく変更されました。戦前の国粋主義的な記述は削除され、代わりに日本の戦争責任を強調する内容が盛り込まれました。いわゆる「墨塗り教科書」の使用も、この時期の特徴的な現象でした。

ジェイソン・モーガン氏の指摘

麗澤大学のジェイソン・モーガン先生は以下のように指摘しています。

日本人が、日本の歴史を語れず、日本の国を誇れない。
神皇正統記の思想や、水戸学の思想を語ると、「右傾化してる」と言われる。
 この現状はどうして生まれたのか。

本当に悲しいことだが、占領下で日本人に自虐思想を植え付けるWGIP (ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム)がどれだけこの美しい国の人々を患わせているのか、改めて知ることができた気がする。

産経新聞令和4年10月10日 麗澤大学准教授 ジェイソン・モーガン氏

 この現状は、戦後のGHQの戦略が実にうまく機能してしまったことから生まれました。

 日本国軍は強かった。本当に強かったので米国軍は日本に対して脅威を感じていた。もう二度と日本が米国に牙をむかないよう日本人自身が自分の国を「ダメな国なんだ」と思うように仕向ける。

それが「ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム」でした。

 義務教育社会科のねらいは、「自国に対する理解と愛情を育てる」ですl
しかし、おいそれと自虐思想は拭い去れないようです。

日本人は、元来の真面目さから、米国に教えられたとおりに、疑うことなく自分たちの国を自虐的に考えるようになっています。

そして、この自虐観が場合によっては教える側の教師にも根付いてしまっていることもあります。

 教育目標に「国を愛する」心情を育てることが明記されているにもかかわらず、公然と「愛国心の育成」と言うと、おかしな人と思われる事もあるようです。

 現役の社会科の教師は、是非とも国の歴史を偏見無く理解し、「日本は世界で唯一2000年近く、あるいはそれ以上の長い歴史をもつ素晴らしい国だ」と、自らの言葉で語って欲しいものです。

2. 自虐史観がもたらす影響

自虐史観は、日本人のアイデンティティに深刻な影響を与えています。自国の歴史を否定的に捉えることで、多くの日本人、特に若い世代が自国に誇りを持てなくなっています。

例えば、2019年の内閣府の調査によると、「国を愛する」と答えた若者の割合は55.9%で、前回調査(2013年)の64.5%から大幅に減少しています。

これは、自虐史観が若者の愛国心に影響を与えている可能性を示唆しています。

国際関係においても、自虐史観は日本の立場を弱めています。過度に謝罪外交を続けることで、近隣諸国との関係改善につながらないばかりか、むしろ新たな要求を引き出す結果となっていることが指摘されています。

3. 日本の歴史を正しく理解するための視点

日本の歴史を正しく理解するためには、客観的な事実認識と多角的な解釈が不可欠です。

例えば、江戸時代の鎖国政策は、しばしば「閉鎖的で後進的」と評価されますが、実際には長期的な平和と文化の発展をもたらしました。歌舞伎や浮世絵など、現在も世界で高く評価される日本文化の多くがこの時期に生まれています。

また、明治維新後の近代化の速さは、世界史的に見ても驚異的です。わずか数十年で封建社会から近代国家へと変貌を遂げ、日露戦争では大国ロシアに勝利しました。これは、日本の教育制度国民の勤勉さが大きく貢献しています。

さらに、古典的な歴史観を再評価することも重要です。例えば、鎌倉時代の思想家・北畠親房が著した『神皇正統記』は、日本を「神国」として位置づけ、天皇の統治の正統性を強調しています。

鎌倉後期から南北朝時代の思想家、歴史家で『神皇正統記』を著した北畠親房は、天照大神に由来する皇統について記し、日本のことを「神国」と呼んだ。そうした万世一系の皇統を含め、国の歴史を誇り、語れる政治家はどれほどいるのか。いまの日本では政治家がそんなことをいえば途端に批判を受け、発言が撤回に追い込まれる。それでは、安倍元首相亡き後、神国日本が立ち上がることはできない。

産経新聞令和4年10月10日 麗澤大学准教授 ジェイソン・モーガン氏

こうした歴史観は、日本人のアイデンティティ形成に大きな影響を与えてきました。

4. 健全な誇りの育成方法

健全な誇りを育てるには、バランスの取れた歴史教育が不可欠です。日本の歴史には光と影の両面があります。それらを偏りなく学ぶことで、より深い歴史理解が可能になります。

例えば、第二次世界大戦について学ぶ際、日本の加害の側面だけでなく、アジアの植民地解放に貢献した側面も併せて教えるべきです。東南アジアの多くの国々で、日本軍の進駐が独立運動のきっかけとなったことは、あまり知られていない事実です。

具体的には、インドネシア、ベトナム、ミャンマー(当時のビルマ)などが挙げられます。

インドネシアでは、日本軍政下で現地の若者たちが軍事訓練を受け、独立後のインドネシア国軍の中核となりました。ベトナムでは、ホー・チ・ミンが1945年9月2日にハノイで独立を宣言。

ミャンマーでは、アウン・サン将軍が日本の支援を受けて設立したビルマ独立軍こそが、後にイギリスからの独立運動の中心となったのです。

これらの事実については、令和の現在、か細い声ながら、『日本の役割を肯定的に評価する』声も聞こえます。

日本国内での声は小さいですが、インドネシアでは毎年8月17日の独立記念日に、日本人への感謝の念が表明されます。

2015年の独立70周年記念式典では、当時のジョコ・ウィドド大統領日本の貢献に感謝し、会場にいた日本の代表団に向けて感謝の意を示しました。

ベトナムでは、ホー・チ・ミン廟の近くに日本人街があり、日本人技術者の慰霊碑が建てられています。

これは、ベトナムの独立に貢献した日本人への感謝の表れとされていますます。

ミャンマーでは、アウン・サン将軍の娘であるアウン・サン・スー・チー氏が、日本との友好関係の重要性を度々強調しています。

これらの事実は、過去のマイナスの側面を認識しつつも、肯定的な結果にも目を向けることで、より深い歴史理解と国際協調の精神を育むことができることを示唆しています。

日本とこれらの国々との間に築かれた絆は、過去の苦難を乗り越え、課題の発展を心から願う心から生まれた貴重な事実です。

また、日本の伝統文化や技術を再評価し、継承していくことも重要です。
例えば、「もったいない」という言葉に代表される日本の環境意識は、現代の環境問題を考える上で非常に示唆に富んでいます。

国際交流を通じて、日本文化の価値を再認識することも効果的です。
和食や着物、茶道、またマンガなどの日本文化は、海外で高く評価されています。

こうした外からの評価を知ることで、日本人自身も自国の文化の価値を再認識できるはずです。

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