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ばけばけ勘太と勲が可愛すぎる!子役と史実を元教師が徹底解説

こんにちは、なおじです。

「勘太と勲、可愛かったよねえ!」

「ばけばけ」が3月27日に最終回を迎えた今日、まだあの二人の笑顔が頭から離れないんですよ。

「ばけばけ 勘太 勲 かわいい」――そう検索してこのページに来てくれたあなた、間違いなくなおじと気持ちが一緒です(笑)。

この記事では、トキとヘブンの息子たち・勘太と勲を演じた子役の情報から、名前の由来、史実のモデル、そして最終回まで描かれた二人の役割まで、元社会科教師なおじが全部まとめていきます。

🖊️この記事でわかること

  • 勘太と勲を演じた子役は誰か(幼少期から最終回まで)
  • 勘太・勲の名前の由来はどこから来ているか
  • 史実のモデルとなった人物の生涯
  • 二人がドラマの中で果たした役割
  • 最終回で二人が本を開くシーンの意味
目次

勘太と勲の子役は誰?

勘太役は成長に合わせて4人が演じた

勘太

トキとヘブンの長男・勘太(かんた)は、誕生から最終回まで複数の子役が担当しました。

時期子役所属登場話数
新生児期赤ちゃん子役(複数)110話
赤ちゃん期土井嶺(どいみね)くん/片桐善埜(ぜの)くんテアトルアカデミー大阪(土井嶺)111〜115話(第23週)
成長後(121話〜最終回)ウェンドランド浅田ジョージくん121話〜125話

112話で松江に戻ってきた勘太を演じた土井嶺くんは、OPのクレジットにも名前が出るほど。SNSでは「勘太くん見た瞬間メロメロになった」という声が続出しました。

そして最終回では、成長した勘太役にウェンドランド浅田ジョージくんが登場。

「ウェンドランド」という名前からもわかるように、混血のヘブンとトキの子どもらしい雰囲気が、役にぴったりはまっていましたよね。

勲役は柊エタニエルくん

勲

次男・勲(いさお)を最終回で演じたのは、柊エタニエル(ひいらぎエタニエル)くんです。

最終回で兄・勘太と一緒にトキの「思ひ出の記」を手に取るシーンは、「ばけばけ」という物語の着地点として非常に印象的でした。

二人ともハーフらしい柔らかい顔立ちで、「かわいい」「ハンサム」とSNSで大反響でしたね。

👉関連記事:ばけばけ111話 吉沢亮13kg減が衝撃!勘太誕生の史実

勘太と勲の名前の由来

「勘太」は二つの名前をつないだ証

「勘太」という名前、単なる響きではないんです。

ドラマの中では、ヘブンの「カダ(Lafkada)」という名前の「カダ」の音と、祖父・勘右衛門(小日向文世)の「勘」の一文字をつないで「勘太」と名付けられています。

**「日本とアイルランド(西洋)をつなぐ名前」**という意味が込められているわけで、これ、元社会科教師としてはたまらなく好きな命名なんですよ。

言葉一つに文化の橋渡しを込めるって、八雲そのものじゃないですか。

勘の字に 二つの国の 夢がある

なおじ作。お粗末さまでした(笑)。

「勲」は稲垣家への橋渡し

次男・勲(いさお)の名前については、ドラマ内での詳しい命名エピソードは明示されていませんでした。

ただし、史実では次男は稲垣家の養子として稲垣姓を名乗ることになります。

セツの養家・稲垣家に家名を継ぐ人がいなかったため、次男が養子入りするという形をとったわけです。

「養子に出した」といっても、実際には八雲とセツのもとで育てられており、名前の上だけの養子縁組に近かったようです。

これ、明治時代ならではの「家」の制度のなせる業なんですよねえ。

35年間社会科を教えてきたなおじとしては「家制度の授業でそのまま使えるエピソード!」と思ってしまいましたよ(笑)。

👉関連記事:ばけばけ114話「八雲」誕生!命名の真相と小泉八雲史実

勘太のモデル・小泉一雄の史実

父の遺産を守った長男

勘太のモデルは、**小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)とセツの実際の長男・小泉一雄(1893〜1965年)**です。

1917年に早稲田大学を卒業後、横浜グランドホテルで勤務。1923年の関東大震災を機に母・セツのもとへ戻り、翌年結婚しました。

その後の一雄の人生を一言で言えば、「父の記録者」。

1928年ごろから父・八雲の遺稿の収集・整理を本格的に始め、著書『父小泉八雲』『父八雲を憶ふ』を残しています。

父が亡くなったとき10歳だった一雄が、その記憶と記録を生涯かけて守り続けた。

ドラマで見せた勘太の無邪気な笑顔と、史実の一雄の仕事を重ねて見ると……なんか胸が熱くなりませんか。

大人になった一雄はドラマで描かれなかったけれど

「ばけばけ」の物語は、一雄が幼少期(勘太)の段階でほぼ幕を閉じました。

大人になった一雄の姿は今回のドラマには登場していませんが、勘太役・ウェンドランド浅田ジョージくんが最終回で「思ひ出の記」を手にするシーンが、「この子がいつか父の記録者になる」という未来を静かに示唆していたのかもしれません。

えっ、考えすぎ?

いやいや、ふじき脚本は伏線の張り方が丁寧だから、これは絶対意図的だと思います(笑)。

👉関連記事:ばけばけは史実と何が違う?全話感想と人物モデル一覧

勲のモデル・稲垣巌の史実

4歳で稲垣家の養子に

勲のモデルは、**小泉八雲とセツの次男・稲垣巌(1897〜生没年不詳)**です。

1901年(明治34年)、4歳のときにセツの養家・稲垣家と養子縁組し、苗字を稲垣に改姓しました。

とはいえ繰り返しになりますが、実際の養育は八雲とセツが担っていたようです。

稲垣巌について残されている記録は一雄と比べると少なく、その後の詳細な生涯はわかっていません。

ただし稲垣巌の家系は現代まで続いており、その子孫・守谷天由子さんがジュエリーデザイナーとして活動していることが伝わっています。

詳しくは以下の記事にまとめていますので、ぜひ合わせて読んでみてください。

👉関連記事:小泉八雲とセツ家族と熊本移住の史実

最終回で二人が本を開いた意味

「思ひ出の記」が手渡される未来

「ばけばけ」最終回(第125話)のラストシーンは、成長した勘太(ウェンドランド浅田ジョージ)と勲(柊エタニエル)が、トキの書いた「思ひ出の記」を手に取る場面でした。

本の表題は「REMINISCENCES OF LEFKADA HEAVIN BY TOKI USHIMIZU(Mrs.Heavin)(思ひ出の記)」。

二人が本を開くということは、ヘブンという人間の記憶が次の世代へ渡ったということなんですよね。

書くことで人は時代を超える。

それが「ばけばけ」というドラマ全体を通したテーマだったとするなら、この最後の一カットは完璧な着地だったと思います。

怪談は子どもたちへ受け継がれた

あとね、120話で勘太と勲が並んで登場したとき、インスタでファンの方が「親が親じゃない一面を見るのって、子供の時はある意味怪談だったな」と絵に添えていて、なおじはぐっときました。

子どもたちにとって、ヘブンとトキは「普通の夫婦」ではないわけですよ。

日本語とアイルランド英語と、二つの文化が混ざった家庭で育った勘太と勲にとって、親の姿そのものが「不思議な物語」だったかもしれない。

それを怪談と呼ぶとしたら、ヘブンが書いた怪談は最初から息子たちへ向けた手紙だったのかもしれませんね。

👉関連記事:ばけばけ120話「怪談の絵本」怪談誕生と小泉八雲の史実

👉関連記事:ばけばけは史実と何が違う?全話感想と人物モデル一覧

Q&A ばけばけ勘太と勲についての疑問

Q1. 勘太役の子役は何人いたのですか?

A. 勘太は成長に合わせて複数の子役が演じています。幼少期(112話〜)はテアトルアカデミー大阪所属の土井嶺くん、最終回などの成長後はウェンドランド浅田ジョージくんが担当しました。新生児・赤ちゃん期は別の赤ちゃん子役も起用されており、合計4人ほどが勘太を演じたと見られています。

Q2. 勘太の名前の由来は何ですか?

A. ドラマの中では、ヘブンの名前「レフカダ(Lefkada)」の「カダ」の音と、トキの父・勘右衛門(小日向文世)の「勘」の一文字を組み合わせて「勘太」と名付けられました。「西洋と日本の血をつなぐ名前」という意味合いが込められており、ドラマのテーマを凝縮したような命名です。

Q3. 勲(いさお)のモデルとなった史実の人物は誰ですか?

A. 勲のモデルは、小泉八雲と妻セツの次男・稲垣巌(いながきいわお、1897年生まれ)です。4歳のときにセツの養家・稲垣家と養子縁組し「稲垣」姓を名乗りましたが、実際の養育は八雲とセツが担っていました。その家系は現代まで続き、玄孫にジュエリーデザイナーの守谷天由子さんがいます。

Q4. 二人はドラマの最終回でどんなシーンに登場しましたか?

A. 最終回(第125話)では、成長した勘太と勲が、老いたトキの書き上げた回想録「思ひ出の記」を手に取るシーンが描かれました。父・ヘブンの記憶を綴った本を息子たちが開くというラストは、「記憶と物語は次の世代へ渡る」というテーマの美しい着地点として、視聴者から大きな感動を呼びました。

Q5. 勘太のモデル・小泉一雄はその後どんな人生を歩みましたか?

A. 小泉一雄(1893〜1965年)は早稲田大学卒業後、横浜グランドホテルに勤務しました。関東大震災(1923年)を機に母・セツのもとへ戻り、1924年に結婚。1928年ごろから父・八雲の遺稿整理・書簡集編集に専念し、著書『父小泉八雲』『父八雲を憶ふ』を後世に残しています。父の死後61年にわたって「記録者」として生き続けた人物です。

👉関連記事:ばけばけ124話│KWAIDANがトキを救う

筆者紹介|なおじ

なおじは元社会科教師として教育現場に35年間携わり、指導主事を5年、校長を11年務めました。退職後もボランティアで子どもたちに学習を教えています。

社会科・歴史を長年教えてきたので、「勘太」という名前に込められた日本と西洋の文化の交差点を見つけるのは得意分野です。教壇では「家制度」や「明治の国際結婚」も授業で扱っており、稲垣巌の養子縁組エピソードはまさに教材になる話でした。

現在は8つのブログでドラマ芸能政治歴史スポーツ学び書評を書いています。

勘太と勲

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