こんにちは、なおじです。
ばけばけ118話、今日は朝からなんだかモヤモヤ‥。
帝大をクビになったことを家族に言えないまま机に向かうヘブン。
史実の小泉八雲も、晩年は同じように追い詰められた時期があったことを知ると、このシーンがより深く刺さります。
そして「イタイ」という言葉のどんでん返し。
あれは、ふじきみつ彦さんらしいセリフだったんじゃないかなと思っています。
この記事では、元社会科教師のなおじがばけばけ118話の史実との関係と見どころを、ゆっくりと語っていきます。

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この記事でわかること
- ばけばけ118話のあらすじと注目シーン
- ヘブンが帝大クビを家族に言えない理由と史実の背景
- 勘太の「八雲を知らない」発言が突いた本質
- 「イタイ=居たい」言葉遊びの深い意味
- トキがヘブンに寄り添える理由
ばけばけ118話あらすじ│丈の帰郷と秘密を抱える家族

丈が「帝大の研究室にいる」と報告
久しぶりに、丈が家族のもとへ遊びに来ました。
「帝大の研究室にいる」とさらっと言う丈。
でも、トキはすぐに感じるんですよね。
「久しぶり」という一言の、なんとも言えない違和感を。
司之介が丈を呼び出して釘を刺す
すかさず司之介が、丈を別室に引っ張っていきます。
「クビになったことを家族に言うなよ」と、しっかり釘を刺したのでした。
ヘブンの帝大解雇という秘密は、117話で司之介だけが知っていたもの。
今回、その秘密共有の輪に、丈も加わることになります。
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何か話すたびにヒヤヒヤする丈
秘密を抱えながら家族の輪の中に座る丈の、あの居心地の悪さ。
何かしゃべると、帝大クビの話が出てしまいそうで。
これ、演じる吉沢亮さんの表情の演技が光るシーンでしたよね。
一方のヘブンは、せっかく丈が来たというのに書斎に籠もりっきり。
「終わり人間じゃない、ベストセラー」とつぶやきながら、必死に書こうとしているけれど、ペンが動かない。
丈はほったらかし。
ヘブンが悪いわけじゃないのですが、書けない恐怖と向き合っている人間には、それしか見えなくなる瞬間がありますよね。
ヘブンが帝大をクビになった史実と「書けない」という恐怖
「終わり人間じゃない」セリフが表す自己否定の深さ
ヘブンが書斎でつぶやく「終わり人間じゃない」という言葉。
これは自分への叱咤激励なんですよね。
まだ終わっていない、まだ書ける、と。
しかし、叱咤激励が必要になるくらい、今のヘブンは自信を失っているということでもある。
帝大という大きな後ろ盾を失ったことで、「作家として生き続けられる」という根拠が、まさに揺らいでいるのでしょう。
史実の小泉八雲も1904年に帝大を去った
実は、このヘブンの帝大解雇は史実に忠実な描写です。
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は1904年に東京帝国大学の教壇を去りました。
後任にドイツ人学者が採用されたことが直接の引き金でしたが、大学側との意見の相違が積み重なっていたとも言われています。
ドラマでは「クビ」という言葉で表現されていますが、史実でも晩年の八雲にとって帝大の職を失うことは相当な打撃だったはずです。
元教師として感じる「場所を失う」という痛み
元教師のなおじには、このシーンがとくに刺さります。
35年間、教壇に立ち続けた経験から言うと、「教える場所を失う」というのは単なる失業ではないんですよね。
語れる場所、認めてもらえる場所を失うこと。
それはアイデンティティそのものを揺さぶります。
ヘブンが追い詰められている理由は、まさにそこにある、となおじは感じました。
川柳を一句。
クビになり 言えぬ一言 胸が鳴る
勘太のひと言が刺す本質│「八雲って有名なの?」
「友達が八雲を知らないと言った」という無邪気な爆弾
勘太が無邪気に言ったひと言、これがきつかったですね。
「友達に聞いたら、八雲なんて作家は知らないって言われた」というのです。
友達に悪気はない。
勘太にも悪気はない。
でもヘブンにとっては、胸に刺さる言葉です。
「難しい本だから子どもには分からない」という苦しい言い訳
トキたちが場を取り繕おうとして言うわけですよ。
「学のない人には分からないような難しい本を書いているから、子どもには分からないのよ」と。
…苦しいですよね、この言い訳。
なおじは元教師として、このシーンに胸が痛くなりました。
「わかる人だけに伝わればいい」は本当の教養人の姿か
35年、子どもたちと向き合ってきた経験から言わせてもらうと、「分かる人だけに分かればいい」という発想は、本物の先生には似合わないのです。
分かりやすく伝えることこそが、真の教養人の仕事だと思うから。
そもそも小泉八雲が怪談を書いた理由のひとつは、英語圏の読者に日本の心を「分かりやすく」届けることでしたよね。
書けなくなったヘブンの苦悩は、実はここにも根っこがある気がします。
誰に向けて、何のために書くのか。
その軸を失いかけているから、ペンが止まるのではないでしょうか。
「イタイ」は「居たい」だった│ばけばけ118話の史実と言葉遊び
苦悩するヘブンを散歩に誘うトキ
子どもたちに「うるさい!」と怒鳴ってしまったヘブン。
苦しんでいる人間が、ふとやってしまうあの感じです。
そんなヘブンを、トキが「ちょっと散歩しましょうよ」と近くの寺へ誘います。
二人で並んで歩く、静かなシーン。
なんともいい絵でしたよね。
「悪いとこなし、でもイタイとこある」のどんでん返し
ヘブンが「悪いとこありませんけど、イタイとこあると言う」。
トキが慌てる。
「イタイって、どこが痛いの?」と。
ところが**ヘブンの「イタイ」の意味は「居たい」**だったのです。
「この寺に、居たい」。
このどんでん返し、脚本家・ふじきみつ彦さんらしい言葉遊びの妙ですよね。
川柳を一句。
イタイ寺 ほんとはここに 居たい寺
「蚊になって学長の血を吸いたい」というブラックユーモア
ヘブンはさらに言います。
「生まれ変わったら蚊になりたい。憎い学長の血を吸う」と。
ヘブン!
笑えるけれど、そこに怒りと悲しさが詰まっていて。
「アイタイヒト、サシマス」というセリフに続くこの流れ、怪談作家らしい言葉遊びの連打で、なおじはうなってしまいました。
史実の小泉八雲も、東京帝大を去った1904年の同年に亡くなっています。
晩年の寂しさと、それでも「居たい」と感じた場所への思い。
ヘブンのあの寺のシーンは、その史実と静かに響き合っている気がします。
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ばけばけ118話 Q&A│視聴者の疑問に答えます
Q1. ヘブンはなぜ帝大をクビになったの?
ドラマ上では大学側との摩擦が原因として示唆されています。
史実の小泉八雲も1904年に後任人事をめぐる対立から東京帝大を去っており、ドラマはこの史実を踏まえています。
「クビ」という表現はドラマのアレンジですが、本質は史実に沿っているということですね。
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Q2. 丈はこれから物語にどう絡んでくるの?
118話時点では、丈は「クビの秘密を共有する仲間」になりました。
今後、ヘブンの状況が悪化したとき丈がどう動くかが見どころになりそうです。
ただし、これはなおじの予想であり確定情報ではありません。続報をお待ちください。
Q3. 史実の小泉八雲も、家族に作家として疑われたことはある?
記録として残るエピソードではありませんが、晩年は多忙と体調不良が重なり、家族とすれ違う時間も多かったとされています。
「八雲の名前が知られていなかった」というよりは、日本語の読者には届きにくい英語作家だったという事情が大きかったようです。
Q4. なぜトキはヘブンにこんなに寄り添えるの?
トキ自身が「居場所のなさ」を知っているからだと思いますよね。
貧しい家庭に生まれ、差別や偏見と戦ってきたトキにとって、ヘブンの苦しみは他人事ではない。
居場所を求めてさまよう者同士の共鳴が、この二人の関係の核にある気がします。
Q5. 118話をより楽しむために見返すべき過去の回は?
以下の2回がとくにおすすめです。
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あなたは118話、どのシーンが一番印象に残りましたか?
なおじは「イタイ=居たい」の言葉遊びと、丈がヒヤヒヤしながら家族と話すあの気まずさが、ずっと頭に残っています。
コメント欄でぜひ教えてください。一緒に語りましょう。
筆者紹介|なおじ
元社会科教師35年・現在はブロガー
茨城県の公立小中学校で社会科教師として35年間勤務し、校長・指導主事も経験しました。
現在は8つのブログでドラマ・芸能・政治・歴史・スポーツ・旅・学び・書評を書いています。
この記事のコンセプト
ばけばけ118話の史実を、元教師の視点から掘り下げました。
「居たい」という言葉と、書けない苦しさの中にある人間の本音。
そこに小泉八雲の晩年の史実が重なるとき、ドラマが一段と深く見えてくる、そんな記事を目指しました。