こんにちは、なおじです。
ばけばけ103話、今日も前のめりで見ていましたよ。
今回のテーマはずばり、ばけばけ103話の言い伝えと史実です。
「ふすまを強く開けると死が早まる」「人の温もりの座は不幸を引き継ぐ」——村上茂吉と吉野イセが語る言い伝えが、ついに松野家の茶の間に持ち込まれました。
司之介の投資失敗の顛末もあって、盛りだくさんの回でしたね。

📌この記事でわかること
- ふすまと人の温もりの言い伝えの内容と意味
- 高等中学校廃止の史実(明治27年・1894年)
- 司之介の投資失敗の顛末と史実との差
- 吉野イセ+おクマが「梅」になる可能性
司之介の投資失敗と家族の顛末

男が選んだのは逃げではなく告白
渋々引き受けた頼まれ事が失敗に終わり、一度は雲隠れを考えた荒金九州男。
しかしそこから踏みとどまり、すべての顛末を正直に司之介へ話すことを選びました。
史実の稲垣金十郎をめぐる記録には裁判沙汰まで発展したものが残っています。
でもドラマではそこまで踏み込まず、家族間の告白とその反応に焦点を当てていましたね。
👉関連記事:ばけばけ荒金九州男は実在?97話史実検証と小豆相場詐欺
小豆で増やした分だけ失ったという着地
「どうやら小豆で増やした分だけ失ったらしい」——この処理が上手い。
元手の松野家のお金は無事、という設定。
フミとトキが叱り、家族全員があきれ返る。
見ていて苦笑しかありませんでした。
ヘブンの「大丈夫」が美しすぎる問題
しかし、ヘブンが「大丈夫。パパさん、家族のため、増やそうとしてくれた」と言ってしまうわけです。
物わかりよすぎるでしょう——なおじも心の中で突っ込んでいました。
ただ司之介が「この顛末を話に書け」と言い出し、「何なら俺が書く」と続けたところで思わず、「それはないでしょう」とツッコミ!
「いらない、パパさん調子、のる、無い!」というヘブンの一刀両断に、ここは怒って当然と、ちょっとスッキリ!
「申し訳ない、本当に申し訳ない」「ごめんなさい」——司之介とフミの謝罪が重なる場面。
さらに翌日、フミが集めた本が役に立たないという現実が続いて、「すべてがうまく行く話」にしないのがこのドラマの誠実さだと感じます。
詫び一言 紙より軽く 春の風
高等中学校廃止の史実と同僚の別れ

廃校は史実の出来事
ドラマの中で「いよいよ高等中学校廃止が決まった模様」という情報が流れましたね。
これは完全な史実です。
明治19年(1886年)の中学校令で全国5か所に設けられた高等中学校は、帝国大学への予備教育機関として機能していました。
明治27年(1894年)の高等学校令公布によって「第五高等学校」へと改称・改組され、専門科が次々に廃止・分離されていきます。
ヘブンたちが勤めていた「英語教師としての熊本五高」が、時代の流れに飲み込まれていく場面でした。
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元教師として見た「学校がなくなる」喪失感
学校が廃止になる——これは制度の話なのですが、そこで働いていた教師たちには生活の喪失であり、生き方の選択を迫られる出来事です。
なおじは現役時代に公立校の統廃合を複数回経験しました。
「学校がなくなる」という知らせを受けたときの職員室の空気は、ドラマで描かれたあの「静かな重さ」によく似ていたと思います。
制度の言葉は冷たくて、でもそこにいる人間の気持ちは温かくて、そのギャップに教師という仕事の切なさがあるんです。
「ノーサンキュー」と言えるヘブンの強さ
同僚が「東京の学校で雇ってもらえた、君の仕事もあるか聞いてあげようか」と申し出ると、ヘブンは間髪入れず「ノーサンキュー」と答えました。
「自分は物書きで行く」と改めて宣言。
でも直後に不安げな顔をする——この揺れがリアルです。
「決意」と「不安」は矛盾しない。
むしろ同時に存在するのが人間です。
なおじも退職後に「ブロガーで行く」と決めたあの日の顔、きっとヘブンと同じだったと思います。
ばけばけ103話の言い伝えが史実の怪談になるまで

「ふすまと死」をめぐる言い伝え
いよいよ遂に吉野イセの番がやってきました。
相変わらずの不気味な存在感ですが、ヘブンは「素晴らしい」と興味を示す。
フミの「なんだか呪われちょるんです」という説明に司之介が「そんな人を家に入れていいのか」と言った瞬間——「それは自分の事でしょう」と突っ込みたくなった視聴者、全国にかなりいたはずです。
なおじもそのひとりです。
村上茂吉という老人が、丈と正田に連れられて登場。
イセを見るなり「ワルかばってん、わしは帰るけん」と言い、「離してくれ、呪われる」と怯える。
このリアクションが逆にイセへの興味を高めるという演出の巧みさ。
落ち着きを取り戻した茂吉が語った言い伝えがこれです。
「ふすまを強く開けて音を立てると1年、また音を立てるとまた1年、そのものの死が早まると言われています」
ヘブンが「なぜですか」と問うと、イセが「ばってん、言い伝えは言い伝え。疑問は挟まない」と返す。
「本当に死が早まった人がいるか」と問うと「誰にも分からない」とイセ。
この「なぜかは分からないけれど伝わってきた言い伝え」こそが、小泉八雲(ヘブン)が怪談として結晶化させていくものの原石です。
元社会科教師のなおじが授業で民話を扱うときも同じ問いを子どもたちに投げかけていました。
「なぜ昔の人はこう信じたのか」——その問いを考えること自体が、前近代の価値観への入り口になります。
「人の温もり」をめぐる言い伝え
続いて茂吉が語りました。
「人の温もりが残っているうちに別の者が座ると、その者の不幸せをみな背負うと言われています。座る前にトントンと叩くと不幸せを背負わずに済む」
「ついこないだおクマちゃんが……」とフミが呟き、「つい最近みんなでこの話をしたばかり」と丈が言う。
そして「知ってます」とヘブン。
焦る村上茂吉。
「私がみなさんに伝えた」とおクマが名乗り出ると、ヘブンはイライラし始めます。
おクマが先んじて怪談の種を蒔いていた——この構造はなかなか面白い。
| ふすまの言い伝え | 人の温もりの言い伝え | |
|---|---|---|
| 語り手 | 村上茂吉 | 村上茂吉→先にはおクマ |
| 内容 | 音を立てると死が早まる | 温もりの座は不幸を引き継ぐ |
| ヘブンの反応 | 「なぜ?」と問い続ける | 先に知っていた(イライラ) |
| 史実との関係 | 八雲の民間信仰蒐集 | おクマ=梅の役割の布石 |
👉関連記事:ばけばけ101話 おクマ偏屈の真相は著作への布石にあった
「ちょんぼし」は出雲弁で「少し」
103話でオトキが「ちょんぼし、おしえてもらえんでしょうか?」と使っていましたね。
「ちょんぼし」は出雲弁(島根・松江周辺の方言)で**「少し」という意味**です。
松江出身のトキが熊本でも自然に使っている言葉として描かれており、このドラマの方言考証の丁寧さが光ります。
関西弁の「ちょんぼ(失敗・うっかりミス)」とはまったく別の言葉です。
おクマとイセの史実|二人で「梅」になる予感
おクマのあの表情が気になった

司之介が「そんな人を家に入れていいのか」と言ったとき——おクマの顔が気になりました。
「呪われているから排除すべきだ」という論理が、そのままおクマ自身の境遇にも重なるのではないか。
「変わり者だから、偏屈だから、そういう人間は遠ざけるべきだ」という論理と同じです。
おクマ自身がそのことに気づいている顔に見えた。
なおじの読みすぎかもしれませんが、あの表情はそう見えましたよ。
二人のタッグで「梅」が生まれる予感

史実では、小泉八雲が熊本で雇い入れた女中「お梅」が語った身の上話が、後に名作「人形の墓」の原型となりました。
ドラマではおクマとイセという二人のキャラクターでその役割を分担しているように見えます。
「語り部の記憶を持つイセ」と「八雲家に寄り添い怪談の種を先んじて蒔くおクマ」——この二人がついに同じ空間に揃いました。
今後、この二人がタッグを組んで怪談執筆の触媒になっていく展開、なおじは来ると思っています。
北風が 吹けば空青し 吉の野のイセ
👉関連記事:ばけばけ102話 吉野イセの正体は怪談を生んだお梅だった?
Q&A|ばけばけ103話の言い伝えと史実
Q1. 「ちょんぼし」は松江・出雲の方言ですか?
はい、出雲弁(島根県松江周辺の方言)で「少し」を意味します。
「ちょんぼ」や「ちょんぼす」と聞こえるほど訛ることもあるそうです。
関西弁の「ちょんぼ(うっかりミス)」とは語源がまったく異なります。
Q2. 高等中学校廃止は史実ですか?
はい、完全な史実です。
明治27年(1894年)の高等学校令により高等中学校は「高等学校」へ改称・改組されました。
専門学科は次々と廃止・分離され、帝国大学への予備教育に特化していきます。
ヘブンたちが勤めていた「第五高等中学校」は「第五高等学校」へと変わり、学校の性格そのものが変化していきました。
Q3. 「人の温もりの言い伝え」は実在する言い伝えですか?
「人の温もりが残っている場所に座ると不幸を引き受ける」「座る前にトントンと叩く」という言い伝えは、日本各地に存在する民間信仰・俗信の一種です。
ドラマではおクマが以前この話をしており、茂吉が語ったことで「ヘブンはすでに知っていた」という展開につながりました。
おクマが先んじて怪談の種を蒔いていたわけです。
Q4. 吉野イセを演じているのは誰ですか?
芋生悠(いもうゆう)さんが演じています。
102話登場時から「幽霊画みたい」「ホラーの登場の仕方」とSNSで話題になりました。
103話でも相変わらずの存在感でしたね。
Q5. 「ワルかばってん」はどこの方言ですか?
村上茂吉が使った「ワルかばってん(悪いけれども・すまないけれども)」は熊本・九州弁です。
「ばってん」は九州全域で使われる逆接の接続詞で、「けれど・でも」に相当します。
茂吉が熊本の人物であることを自然に示す方言描写でした。
👉ばけばけ全話の史実まとめはこちら:ばけばけは史実と何が違う?全話感想と人物モデル一覧
なおじは「おクマのあの表情」が一番気になりました。
みなさんはどのシーンが印象に残りましたか?
コメントで教えてもらえると嬉しいです。
筆者紹介|なおじ
なおじは元社会科教師として教育現場に35年間携わり、指導主事を5年、校長を11年務めました。
退職後もボランティアで子どもたちに学習を教えています。
民話・怪談を「なぜ人はこう信じたのか」という問いで授業に使ってきた経験が、ばけばけ記事を書くときに活きています。
朝ドラと史実のすき間を読み解くのが、なおじの一番の楽しみです。