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【史実・虎に翼】嘉子の転勤:子の芳武(優未)も転勤地に行った?

三淵嘉子さん達の時代、裁判官 は最初に「判事補」に任命 された 後、10年で 「判事」になりました。
嘉子も昭和27年(1952年)11月 に、ついに判事 としてデビューしたのでした。

嘉子の場合、異例で裁判官として勤務を始めてわずか3年あまりの時期でした。
彼女は弁護士だった時期も算入され、その時期も合わせて10年の経験と見なされたためでした。

そして、同時に名古屋地方裁判所へ転勤することになります 。
嘉子(寅子)、さすがです。

ですが、「子どもの世話をだれがみるのか』という問題がのしかかります。
さて、嘉子は家庭の問題をどうするのでしょうか。

目次

名古屋への転勤


東京勤務の裁判官は、 判事になるタイミングで地 方へ転勤することになっていた。
嘉子の転勤先は、名古屋だった。

嘉子は当然ながら「女性でも男性と同じように、転勤しなければならない」と考えている。

嘉子は、家庭 裁判所を希望せず、地裁民事部へと異動している。
「女性判事」は全国初
その『全国初の女性判事が名古屋に来る』、名古屋の地元では大きなニュースとなりました。

名古屋地裁に着任した時には、駅前の電光掲示板にもニュースが流されました。
当時の嘉子の人気はスター並みで、
『交通事故の民事裁判で現場検証中に、 新聞記者から突撃インタビューを受けた』こともありました。

もちろん、『講演に呼ばれること』もたたびありました。

嘉子は名古屋で「高裁長官よりも有名な裁判官」になったのです。

【虎に翼】第14週に描かれている『寅子人気』の、モデルになるような『嘉子人気』が勃発していたのでしょうね。

問題は、子どもの世話

問題は子どもの世話でした。
【虎に翼】の世界では、寅子の子は優未ちゃん、という女の子。
しかし、史実の嘉子の子は、芳武という男の子です。

東京では 武藤家に芳武を預かってもらっていました。
名古屋転勤の時、芳武はまだ小学生です。
まだ身の回りの世話が必要な時期でした。

芳武を武藤家に残していく、という選択も確かにあったと思います。
しかし、嘉子は芳武を名古屋に連れて行くことにしたのでした。

嘉子は芳武のために、郁子さんという 若いお手伝いさんを雇い、住み込みで働 いてもらうことにしました。
六畳二間の官舎に嘉子と芳武、それに郁子さんの三人で暮らしの生活が始まったのです。

名古屋時代の芳武の思い出

芳武さんには、名古屋時代の記憶に残る思い出が2つあるそうです。

https://www.photo-ac.com/

嘉子、自動車免許取得に挑戦する

嘉子は、名古屋在任中に自動車学校に通っていたのだそうです。
何でも優秀な彼女ですから、簡単に免許を取得したのか、と思いきや、事実は小説より奇なり。
嘉子には運転のセンスがなかったようなのです。

何度も試験に落ちています。
最後には、道路脇の草むらに車を突っ込ませてしまい、免許を取ることをあきらめたといいます。
意外ですよね。

https://www.photo-ac.com/

星航一モデル(三淵乾太郎)とのデート

もう一つの記憶がある、といいます。

嘉子と芳武 、それに男性の三人で名古屋市の動物園に出かけた光景だといいます。

「今 にして思えば デートだ ったのでしょう」

と芳武さんは、話したと言います。
おそらく、後に再婚することになる三淵乾太郎(けんたろう)さんだったと思われます。
初代最高裁長官三淵忠彦の長男です。

芳武の記憶 によれ ば、付 き合いが始まるのは名古屋時代からだったようです。
交 際のきっかけは、 はっきりとは わからな い。
ただ、乾 太郎の父親である初代最高裁長官の忠彦と嘉子の出会いは、彼女自身が書き残した文章がある。

三淵忠彦最高裁長官との出会い

それによると昭和23年(1948年)、嘉子がまだ 最高裁民事局付で家事審判法の制定や家 庭裁判所の創設準備をしている時、突然、長官の三淵忠彦に呼び出されました。

嘉子は、長官との面識は一切ありませんでした。
若手局付に過ぎないの自分が、名指しで最高裁長官に呼ばれたことに大変に驚いたと言います。

当然ですよね、雲の上の人から突然の「お呼び」
目の玉が飛び出るような思い、だったでしょう。

嘉子はおそるおそる長官室へ向かいました。
すると三淵長官は、嘉子の大学時代の恩師の一人だった、島田鉄吉の名を挙げます。

島田は大審院の元部長で、退官後明治大学の教授をしていました。
三淵長官が島田の家を訪問していた時に「あなたのことが話題 に上ったIというのでした。
わざわざそのことで自分を呼んで話をしてくれたことに、嘉子は感激したといいます。

その後、彼女は最高裁民事局長の関根・小郷とともに、三淵長官が書いた民法の本の改訂作業を手伝うことになりました。

おそら く、彼女が司法省で民法の改正作業に携わった経緯から、選ばれたのでしょう。
改訂版の表紙には、関根とともに『哺筆』として「和田嘉子」の名を連れていました。

この作業を通じて、忠彦との交流は深まったとみられます。
しかし、【虎に翼】に描かれたように、寅子と航一が一緒に作業をしたという事実はありません。

おそらく、この後、長官の紹介で嘉子(寅子モデル)は、乾太郎(けんたろう・星航一モデル)は出会ったのでしょう。

名古屋で、嘉子と乾太郎そして芳武は、忙しい日々ながらも、楽しい一時を一緒に過ごしたようです。

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