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牧野富太郎の真実の人生【朝井まかでさん作の評伝小説『ボタニカ』から】

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猶との結婚

富太郎と猶の婚姻が行われた。
ただし、富太郎自身はこの婚姻については何も述べていない。記憶から消したかったのか、本当に記憶に無かったのか…。

猶と結婚しても、富太郎の生活は一向に変わらない。相変わらず野山に出かけ植物を採集したり、高知へ出かけ書物あさりをしていた。

猶のことは、全く省みない。

このころ岸屋は既に、客商いをやめている。造り酒屋も人に貸している。たまに、そこの手代がたまに訪れて、何かを質問したり、相談したりするのだが富太郎には全く分からなかった。

結局,番頭になっていた和之助を呼んでさばいてもらうことになる。
和之助は、「らんまん」の竹雄のモデルだが、実際の和之助は、富太郎の4歳下。また、猶よりも一歳下であった。

三人の中で一番若いが、頼りになる。
浪子ばあさまに言わせると、

「世が世なら、和之助は諸大名の家老も務まる。」

と、言うほどの実力者。
そんな和之助と、新妻の猶に富太郎は宣言した。

「わし、近いうちに上京するき、ばあさまにそう言うといて。」

和之助も、猶も不意打ちを食らわされ、言葉も出なかった。
猶と結婚したという事実を、富太郎は無かったこととして行動しているようだった。

猶との祝言の翌日から、以前と変わることなく仕事部屋の蔵で寝起きをし、朝から採集に出てしまう。帰ってくるのは、日が暮れてからも多い。ほとんは家にいない。

3年の時が経つが、未だに猶の部屋を訪ねたことがない。

猶が嫌いだというわけでは無い。幼い頃から同じ家にいた。いるのが当たり前の従兄妹(いとこ)。当たり前すぎて、眼中に無かったのが本音だろう。

いわば妹のようなもので、今さら「夫婦になれ、女房として扱え」と言われても、それは無理だったろう。

「それよりも東京じゃ」
富太郎は、呟く。

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