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「ブギウギ」の主人公笠置シヅ子の相棒:服部良一とジャニー喜多川の関係

10月から、笠置シヅ子さんをモデルとしたNHK朝ドラ「ブギウギ」がスタートする。史実として笠置さんが世に出るきっかけとなったのは、昭和の大作曲家服部良一の力が大きい。「ブギウギ」では、もとジャニーズの草彅 剛がその役を演じている。そして服部良一さんとジャーニー・喜多川との関係も深かったのだ。近頃、良一さんの次男が「ジャニー喜多川から性被害を受けていた」ことを告発している。笠置シヅ子さん、服部良一さんそしてジャニー喜多川は、どうのような関係にあったのか。

目次

ブギウギの主人公「笠置シヅ子」とはどんな人

笠置シヅ子(本名・亀井静子)Wikipedia

笠置シヅ子さんは、本名を亀井静子(かめいしずこ)と言う。

出身は、前朝ドラ「らんまん」の槙野万太郎(史実の牧野富太郎)と同じ四国。ただし、笠置さんの出身は香川県だった。

戦前から、戦後にかけて活躍した歌手。所属は日本コロンビアで、作曲家の服部良一氏と組んで多くの歌をヒットさせた。
中でも「東京ブギウギ」は、よく知られている。
その他にも、一連の「○○ブギ」を発表し、「ブギの女王と呼ばれた

生まれは1914年、大正3年8月25日に生まれている。
無くなったのは1985年、昭和60年だった。

後半生は、歌手だることを自ら封印し女優業に徹した。
女優となってからは、人前では鼻歌も歌わなかったというエピソードがある。

主演の花田鈴子(史実の笠置シヅ子)を演じるのは、趣里

花田鈴子の少女時代を演じる「澤井梨丘(さわいりおか)」NHK

前半の子役時代の花田鈴子(はなだすずこ)を演じるのは、澤井梨丘(さわいりおか)さん。

大人になってからの鈴子を演じるのが、趣里(しゅり)さん33歳。
本名は、水谷趣里さん。あの水谷豊さんと、伊藤蘭さんの一人娘だ。

彼女は、幼少期にダンス留学を経験してるほどで、踊りも上手。
また主題歌も、主役の趣里中納良恵(EGO-WRAPPIN’)さかいゆうの3人にで歌っている。曲名は「ハッピー☆ブギ」

ヒロイン花田鈴子を演じる趣里(NHK)

作詞・作曲は、服部良一氏の孫の服部隆之さん。
笠置シヅ子を語るときには、どうしても服部良一氏との関わりに触れないわけにはいかないので、「ブギウギ」の主題歌の作詞・作曲を服部家の人間が手がけるのは順当だろう。

笠置シヅ子と、服部良一と、ジャニー喜多川との関係

笠置シヅ子と服部良一の出会いは、1938年(昭和13年)のことだった。当時帝国劇場で旗揚げしたばかりの「松竹歌劇団(SKD)」にシヅ子は参加していて、そこで服部良一と最初の出会いを果たしている。

だがこの時代は、日中戦争から太平洋戦争に向かう時代で、二人の中はそこまで深まらなかった。
ただし、出会いの頃から、良一はシヅ子に一目置いていたようだ。服部は、シヅ子との出会いについて自伝で次のように綴っている。

大阪で一番人気のあるステージ歌手と聞いて「どんな素晴らしいプリマドンナかと期待に胸をふくらませた」のだが来たのは、髪を無造作に束ね薬瓶を手に目をしょぼつかせ、コテコテの大阪弁をしゃべる貧相な女の子であった。だがいったん舞台に立つと「…全くの別人だった」。三センチもある長いまつ毛の目はバッチリ輝き、ボクが棒を振るオーケストラにぴったり乗って「オドウレ。踊ウれ」の掛け声を入れながら、激しく歌い踊る。その動きの派手さとスイング感は、他の少女歌劇出身の女の子たちとは別格の感で、なるほど、これが世間で騒いでいた歌手かと納得した。

服部良一『ぼくの音楽人生』より

戦後、1945年(昭和20年)、11月に日本劇場が再開された。シヅ子は最初のショーから出演している。
1947年(昭和22年)の「踊る漫画祭り・浦島再び龍宮へ行く」でシヅ子が歌った服部作曲の東京ブギウギは、前述したように大ヒットをしている。
以後服部は、シヅ子の歌曲の大半を手掛けている。
「大阪ブギウギ」「買物ブギ」など一連の「ブギもの」のヒットにより、シヅ子は「ブギの女王」と呼ばれるようになった。

このように、シヅ子がメジャーになるためには作詞・作曲家の服部良一が無くてはならなかった。
また、作詞・作曲家としての服部良一があるのは、笠置シヅ子の歌唱力・エンターテイメント性があってのことだった。

シヅ子と良一を支えた、ジャニー喜多川

笠置シヅ子は1950年に服部良一と連れだってハワイやロサンゼルスなど米国巡業をした。巡業は成功している。
ロスの公演先は「高野山ホール」。
この場所は、ジャニー喜多川の父親が米国別院の主監を務めていたことがあり、高野山真言宗の直営の会場だった。

この成功の影には、ジャニー喜多川の存在があった。
日本からはるばるやってきた笠置と服部のために、裏方の仕事をそつなくこなしている。
こまごました買い物など二人の世話をしたのがジャニーだった。

この場所は、もともと日本からの巡業も多く、ジャニーはロスの高校を卒業するまで、いわゆるステージボーイと呼ばれる手伝いをしている。
甲斐甲斐しく働く10代のジャニーと、大作曲家・服部良一氏の関係はそのときから始まっている。

アメリカ公演は、ブギウギでも必ず描かれるだろう。
だが、ジャニー喜多川との関係は、おそらく一切触れられないだろう。

服部良一、ブギウギの役名は「羽鳥善一」:演じるのは草彅 剛

羽鳥善一(史実の服部良一)を演じる草彅 剛(NHK)

ジャニーズの公演では、つい先頃まで、服部良一氏の作品が歌われてきている。
名曲揃いだ。
「青い山脈」、「胸の振子」、そして「東京ブギウギ」などなど。
ジャニーズと服部良一氏との関わりの深さが推察できる。

ブギウギの中では、服部良一と思われる人物は「羽鳥善一」という名で登場する。演じるのは、草彅 剛さん。

ジャニー喜多川との関係が深い服部良一氏をモデルとする人物を、元ジャニーズの草薙さんに演じさせるのは、何か意図があるのかと、すぐにヤフー知恵袋に質問があがっていた。

当然、何の意図も無い。
単に草薙さんの演技力が買われた結果だ。

服部良一氏の次男、70年前の性被害を告発する

服部良一の次男で俳優の吉次さん(78)が約70年を経て、幼少の頃のつらい体験を語り始めた。重い口を開かせたのは、若い世代の勇気ある告発だった。

(共同通信=加藤駿)2023.8.3

「これは…」と、耳を疑うようなニュースがある。
なんと、ブギウギのモデル笠置シヅ子さんとタッグを組んだ昭和の大作曲家服部良一さんの次男が、70年前にジャニー喜多川から性被害を受けていたことを告発したのだ。

事実なら、ジャニー喜多川は、服部良一さんからかわいがられ、信頼されていたにもかかわらず、70年も前からその恩人を裏切っていたことになる。

服部良一氏次男による、ジャニー喜多川の性犯罪の告白

ジャニー喜多川の本名は拡(ひろむ)。
服部家では、「ヒー坊」と呼ばれていた。
当時吉次さんは7、8歳だった。

毎週、土日になると彼は服部家を訪れた。
家族と一緒に食事をしたり、マージャンやトランプなどいろいろなゲーム遊びをしたりしていた。米軍基地内で手に入れたチョコレートやアイスクリームなど、当時珍しかったお菓子などを、お土産として欠かさず持って来ていた。

「今日は泊まろうかな」と、ジャニー喜多川が口にした。
母親も「よっちゃんの部屋が良い」と言い、自分と並んで寝ることになったという。
寝室で、「肩をもんであげるよ」とマッサージを始めた。
はじめは肩、次第に全身へともんでいく手は、いつの間にかパンツの中に入ってきた。

2年半くらいの間で、合計で100回くらい、同様の行為があったという。

ジャニー喜多川は1962年、ジャニーズ事務所を創業。その後も服部家とは長年、公私にわたって交流を続けた。しかし、吉次氏とはほとんど口を利かなかったという。だが、1993年に良一氏が死去した際、ジャニー喜多川は葬儀の時、服部家の親族席に座っていた。

草薙の好演に期待

このような、歴史的な服部良一氏とジャニー喜多川の関係は、確かにあった。
だが、だからこそ草彅 剛さんの演技に期待したい。

花田鈴子と羽鳥善一の二人、そして周りを支える俳優陣で、ブギのリズムが似合う善い物語にしていって欲しい。

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