日曜劇場ドラマ「下剋上球児」が面白い。弱小高校野球部から甲子園出場を果たす熱血スポーツドラマ。鈴木亮平演じる主人公の南雲先生が実は無免許だったことが分かり、ドラマは意外な展開に発展した。このドラマは、実際にあった「三重県立白山高校の奇跡」を題材とし、南雲先生のモデルも実在している。だが、あくまで実話を元にしたフィクション。当然、南雲先生のモデルとなった先生は教員免許をしっかりと取得された教師。ドラマでは、なぜ南雲先生を教員免許を偽造したニセ教師という設定にしたのだろう。また、「教員免許を偽造して、教員採用試験に合格することは出来るのだろうか」。私は、教員免許の発行業務をしていた経験から、この謎について解説する。
免許を偽造して教員に採用されることは不可能
私は、○○県で教員免許を発行する仕事をしていた。
その経験からズバリ言い切る。
○○県では、「下剋上球児」の南雲先生が、どんなに精巧に教員免許を偽造したとしても、「ニセ免許で教員採用試験に通ることは出来ない。」
どうしてかというと、現在の教員免許は、全て免許番号が付されていて、コンピュータで管理されているからだ。
教員採用試験に臨む際に、自分の教員免許と共に県が発行する「授与証明書」(県が、教員免許を授与しましたよ、という証明書)を提出することが必要になる。
その授与証明書を発行する際、免許番号と、免許を所有する者の氏名が授与証明書に記載される。
免許がニセモノだったとしたら、授与証明書そのものが発行されない。
もし、誰かの免許をコピーし、名前だけを変えて教員免許を偽造したとしても、授与証明書はごまかせない。
それにもかかわらず、東京都、福井、大分、栃木で、「ニセ免許」や「無免許」で採用されたケースがあるのはなぜか
東京都の無免許者の採用の事例
任用されたばかりの都内の公立小学校の23歳の男性教員が、必要な免許を取得していないことがわかったとして、都教育委員会は任用を無効にしました。教員は今月の始業式以降、授業をしていたということで、都教育委員会は「こうした事例は聞いたことがなく、確認の徹底を周知したい」としています。
NHKニュースWEB(2023年4月25日)より
任用にあたって、先月、区の教育委員会が本人と面談を行った際、免許状を持っておらず、取得に必要な申請を行っていなかったことがわかり、早急に手続きをするよう指示したものの、今月になっても提出されなかったということです。
東京都で、このようなケースがあった。
このケースは、ニセ免許では無く「免許をもっていない」のに、採用されてしまったケース。
大学で、「教員免許を取得するための単位を取り終える見込み」が立ったので、都には「免許が取得できる見込みです(取得見込み)」と報告した。
だが、実際は免許取得の手続きを忘れて、教員免許を取得しないまま採用されてしまったという例。
はっきり言って、「東京都は何をやっているのか」というレベル。
残念ながら前代未聞の不手際。
授与証明書(免許を都が授与しましたよと言う証明書)を、都が確認していなかったことで起こったミスだ。
福井県のニセ免許者の採用の事例
福井県福井市内の特別支援学校に講師として採用された際に偽造した教員免許を提示したとして、有印公文書偽造・同行使の罪に問われた会社員の男(27)=福井市=の判決公判が5月31日、福井地裁であった。河村宜信裁判長は懲役1年6月、執行猶予3年(求刑懲役1年6月)を言い渡した。
福井新聞 2022年6月1日 より
この事例は、南雲先生と同じようにニセ免許で福井県に採用された講師の事例。
この事例も、○○県では決して起こりえない。
偽造免許だけを確認し、授与証明書を提出させなかったのだろうか。
本人も悪いが、福井県の怠慢を指摘されても仕方が無いだろう。
大分県のニセ免許者採用の事例
大分県教育委員会は23日、大分市にある県立学校の臨時講師の女性(25)が教員免許を持たず、偽造の免許状を使っていたと発表した。女性は来春の県公立学校教員採用選考試験に合格していたが、取り消された。
西日本新聞2023年11月24日より
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昨年3月に臨時講師として採用される際には、インターネット上にアップされていた免許状の画像を基に偽造し、コピーを提出。今年10月には教員採用試験に合格したため、今回も偽造コピーを提出した。だが正規採用の手続きとして県教委が国に照会したところ名前が見当たらず、発覚したという。
こちらは、臨時講師として採用されるときには、県が正規のチェック(授与証明書の確認)を怠り、正式採用の際にきちっとチェックして、不正が見つかった事例。
29年間無免許、栃木県の事例
栃木県教育委員会は18日までに、県内公立中の女性養護教諭(55)が1987年4月の採用から29年間無免許のまま勤務していたことが分かったため、採用を無効にしたと発表した。
県教委によると、女性は86年度の採用試験に合格。教員免許の取得に必要な大学の単位が取れなかったため、赴任した初任校の書庫に保管してあった前任養護教諭の免許状の写しをコピーし、氏名や交付年月日を書き換えて学校に提出した。
2009年から教員免許が更新制になり、女性は15年度に初めての更新手続きとしてコピーを提出。免許状番号と交付年月日が整合しないことから、発覚した。
日本経済新聞2016年3月18日
栃木県の事例は、まだ免許がコンピュータ管理される以前から採用されてしまっていた事例。
このケースの場合は、「教員免許更新制度」が有効に機能したはず。
コンピュータ管理される以前は、適切な言い方では無いかも知れないが、今より偽造免許がつくりやすかっただろう。
だが、コンピュータ管理以前にはごまかせていたニセ免許も、「教員免許更新制度」のおかげで、全教職員の免許が確認されることとなり、違法免許を隠し通すことが出来なくなったのだ。
おかげで、何十年も隠していたニセ免許が発覚したわけだ。
免許更新の制度によって全ての教員の免許は確認された。だがこの制度によって免許の更新をし忘れ,結果として無免許状態になった者もごく少数いる。
免許が失効してしまった者は、一度退職し再度免許を取り直すことになったはずだ。
「教員免許更新制度」は、現在は別の制度に代わっている。
「ニセ免許者」「無免許者」の採用は、本来起こりえない。
それでも上記の様に数件発生してしまっている。
これは、本人の悪意とともに採用側の人為的管理ミス。
あってはならないことだ。
教員免許を偽造したニセ教師だとしたら、どんな立場でも学校関係に復帰することは無理
「下剋上球児」は、はっきり言って「教員免許偽造」という設定にしてしまった段階で、物語のリアリディーが崩れてしまっている。
鈴木亮平さんの、明るく清潔な印象だけで、野球部の監督として復帰するというストーリーになっていくのだろうが、それは無理な設定だ。
起訴されなかったから「ギリギリセーフ」として学校関係(野球部監督?)として復帰させるのだろうか。
生徒たちの涙の訴えがあった美談として肯定的に描かれる設定になるのだろうか。
だが、「学校の職務は、全て法で定められている」世界。
人情のみで動くような世界ではない。
もし、安易に南雲先生を復帰させるように描くなら、このドラマの作成者は学校現場の厳しさを理解できていない。
安いストーリー展開にならないことを期待する。
まとめ:ニセ教師設定を除けば、「下向上球児」はやはり面白い
「下剋上球児」は、菊地高弘さんの小説を元ネタとしている。
そして、この小説のモデルは、三重県立白山高校で、南雲脩司先生のモデルは、東拓司先生。もちろん教員免許をもつ正真正銘の教師だ。
三重県立白山高校は、2018年に甲子園に初出場を果たす。
だが、初出場を果たすまでは、「下剋上球児」のドラマと同じように、10年連続で三重大会で初戦敗退をし続けていた弱小高校だった。
また、失礼ながら学力も偏差値的にそこそこの高校であり、地域も白山高校にあまり期待をしていなかった。
その高校に、2013年(甲子園出場の5年前)に東先生が赴任された。
その頃、白山高校野球部の部員は総勢5名。
グランドは荒れ放題で、野球どころではなかったという。
東先生は、「まず、草刈りから始めました」と語る。
さらに、中学校を回って才能豊かな学生の勧誘にも務めた。
その結果、2018年に甲子園出場を果たす。
周りの目、自らの価値決定で「負け犬」を自称してしまっていた生徒たちの心を奮い立たせ、「自己肯定感」を育んだ生徒と教師の物語が菊地高弘氏が描いた「下剋上球児」。
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