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笠置シヅ子の夫:「吉本穎右との恋」と忘れ形見の 愛娘「ヱイ子」

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『ワテより十も下や』、吉本穎右との恋を育む

当時、吉本穎右(えいすけ)は早稲田の学生。年は20歳。
笠置は、このとき29歳。
穎右は、笠置の9歳年下

『ワテより十も下や』
ということで初期の二人の関係は、笠置が穎右を弟扱いし、穎右も姉として笠置に甘えるという姉弟的な間柄だったようだ。

穎右が笠置の家に遊び行ったり、
笠置が、穎右の吉本家別宅(東京市ヶ谷に吉本家の別宅があった)に遊びに行ったりして二人の仲は深まっていく。

このころ、笠置の家には、義母うめ(ブギウギ・ツヤのモデル)が病死し、弟八郎(ブギウギ・六郎のモデル)が兵隊に取られて一人になってしまった義父音吉(ブギウギ・梅吉のモデル)が同居していた。
笠置と穎右が姉弟のような間柄だったといっても、同居の家に穎右が来てたのでは音吉としては、居場所に困ったことだろう。

自然の成り行きで二人は、すぐに恋人関係に移行していった。

笠置シヅ子は、知的でハンサムな男性が好み

二人は、もともと一目惚れだったのだろう。
穎右は、わざわざ笠置の楽屋を訪ねるほど笠置が好きだったし、笠置も最初の出会いから、穎右に荷物運びをさせているし、自分を神戸まで送らせている。
はじめから、穎右も笠置もお互いが大好きだった。

笠置は、知的でハンサムな男性がタイプだったようだ。
松竹歌劇団のときに恋心を抱いた、益田貞信もこのタイプだった。
だから、早稲田の学生で映画俳優かと周囲に思わせる程の眉目秀麗な吉本穎右は、笠置にとって理想の男性だったはずだ。

「9歳年上」という年齢差に多少の壁は感じたかもしれないが、互いの気持ちが前向きなのだから、その壁が崩れるのにそう時間はかからなかった。

二人は、1944年(昭和19年)の暮れに結ばれた。

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