『ブラッサム』第1週「私の父、私の母」は、父の前で小さくなっていた珠が、第5話で「ここにおりたい」と言い切るまでの一週間でした。第1話の珠は、血のつながらない自分が なぜ継母からそこまで愛されるのかと、不安を抱えた少女。その答えを、珠は自分の足で、リョウのもとへ取りに行きます。
怖い父のいる家を、それでも離れたくないと思うのは、なぜなのか。
宇野千代さんの少女時代の話の中で、父親に夜、酒を買いに走らされたという話に出会い、思わず固まりました。映像を見た途端、亡くなった父の声がよみがえったんです‥。

第1週「私の父、私の母」のあらすじ|作文から第5話まで
明治41年の岩国。珠は四人きょうだいの長女で、父・清治、継母・リョウと暮らしています。清治は本家の家督を弟に譲った見返りに毎月給金を受け取り、働かずに暮らす人物です。リョウは珠を「珠さま」と呼び、血のつながらない娘を大切にしている。
第1週を動かしたのは、「父について」という作文でした。

蔵に閉じ込められた夜、リョウが来た
第2話。清治の羽織を用意していなかった珠は、罰として蔵に一晩閉じ込められます。
ところが蔵には、本棚いっぱいの本や雑誌、新聞があった。父から読むことを禁じられているものばかりです。家の中では手を伸ばせない言葉の世界へ、珠は蔵に入ると潜り込める。
罰の場所が、珠には天国だった。
父の目を離れ、好きなだけ文字を読めるからです。のちに作家となる珠にとって、この蔵は単なる暗い物置ではない。清治に押し込められながら、清治の支配が届かない小さな書斎でもあったのでしょう。
夜中、珠を心配したリョウが、清治に内緒で蔵へやって来ます。珠がリョウへ打ち明けたのは、自分が本当はどんなふうに呼ばれ、どんな母を求めているのかという、幼いけれど切実な思いでした。
父について書けない子が、禁じられた本を読む蔵で、母への思いを口にする。第2話には、珠が後に「書かずにおれない人」になっていく芽が、もう見えていました。
父の前で作文を読む|授業参観に現れた清治
第4話。ようやく書き上げた「父について」の作文を、珠は父親の前で発表することになります。リョウに相談して清治へ伝えたものの、本人はほとんど興味を示さない。参観日の教室にも、清治の姿はありませんでした。
ところが、いよいよ珠の番が回ってきたとき、教室の戸が開く。入ってきたのは清治です。
父について書けずにいた珠が、その父を前にして作文を読む。
ここが第4話のいちばん苦しいところでした。
来てほしかった父が、よりによってこの時に現れた。珠はうれしかったでしょう。けれど、清治の顔を見ながら、自分が書いた「父について」の言葉を声に出さなければならない。
作文の中にあったのは、父を立派に飾る言葉ではなく、珠が毎日見ていた清治の姿です。父のことを分かろうとし、書けることだけを一生懸命に書いた。その珠の作文を、清治はどんな顔で聞いたのでしょうか。
教室の後ろに立つ清治と、机の前で作文を読む珠。その距離は、ほんの数メートルです。でも、親子の間には、まだ埋まらないものがあるようにも見えました‥。
清治はなぜ、珠の作文を町で見せて回ったのか

珠が作文を読み終えると、しんとした教室に清治の大笑いが響きます。怒るのかと思った次の瞬間、清治は手をたたいて喜び、珠の頭をなでました。後には寺の境内で作文を読み返し、会う人ごとに「読んでみい」と見せて回ります。
珠の作文には、父が自分をよく叱ること、理不尽だと感じていたこと、仕事らしい仕事をしていないこと、周りから放蕩者のように言われていることまで書かれていました。父を持ち上げる作文ではありません。それなのに清治は、怒るどころかご機嫌になる。
ここが、清治という父親の何とも分かりにくいところです。
なおじには清治が、珠の文章の中で初めて、自分が娘からどう見えているかを突きつけられたように映りました。それでも珠は父を悪人として切り捨てず、父のことを分かろうとしていた。その目線が、清治にはうれしかったのではないでしょうか。
清治は珠につらく当たる父です。
でも心のどこかで、珠だけは自分を見捨てず、分かろうとしてくれる娘でいてほしいと願っていたのかもしれません。
だから清治は、町の人に作文を見せた。ただの親ばかではなく、「これはわしの娘が書いた」と言いたくて仕方がない父の自慢に見えます。
珠もまた、怖い父に認められたことがうれしかったでしょう。
父が笑い、頭をなで、町中に作文を見せて回る。その日だけは、珠にとって清治が「自分を見てくれた父」になったのではないでしょうか。
怖い父と、認められたい娘。
二人の間にあったのは、単純な愛憎では片付かない、少しねじれた親子の情だったように思います。
「珠さま」と「ここにおりたい」|第5話

第5話。リョウが逃がしてしまった清治のカナリアを、珠は近所を駆け回って探しました。見つからない。珠は決心して、リョウの実家へ向かいます。
締め切られた玄関の戸の前で、珠はリョウへの思いを爆発させる。戻る決意をしたリョウは、これからは「珠」と呼ぼうかと持ちかけました。「珠さま」では、また不安にさせてしまうかもしれない。そんな気遣いからの一言でした。
珠の返事は短い。これからもずっと「珠さま」がいい、と。
第1話の珠は、血のつながらない自分がなぜそこまで愛されるのかと、不安を抱えていました。「珠さま」は、距離の呼び名ではなく、愛されている証しだった。なおじには、戸の前のこの一往復が、そう聞こえたのです。
二人で戻った家では、清治が激高していた。リョウの土下座にも怒りは収まらず、詰め寄る清治の前に、珠が立ちはだかります。
鳥より母が大事。珠はそう言い切ると、自分も土下座して、母を許してほしい、みんなでこの家にいさせてほしいと願いました。
ここの何がいいのかと問われた珠が挙げたのは、お父様と、お母と、みんながいる家であること。
その「みんな」には、清治自身も入っていました。
手を握り合う珠とリョウを見た清治は、好きにしろと言い残して立ち去った。こらえきれずに、珠はリョウの胸で声を上げて泣きました。
珠が守ろうとした「みんな」には、怖い父も入っている。
なおじには、そこがいちばん切なく、いちばん強く映りました。
宇野千代の少女時代に重なるもの
『ブラッサム』は、明治・大正・昭和を駆け抜けた作家・宇野千代をモデルにした物語。
千代は1897年、現在の岩国市に生まれました。生母のトモは千代が2歳になるまでに肺結核で亡くなり、実家に戻った千代を待っていたのは、父が迎えた17歳の後妻リュウ(山口県観光連盟の宇野千代特集)。
育ての母リュウと、ドラマのリョウ
リュウは千代に実子と分け隔てない愛情を注ぎ、千代も異母弟妹の世話をよくして、小さなお母さん役を務めた。そう伝えられています。
名前も一字違い。リョウの姿に、リュウの面影を重ねたくなります。
夜には酒を、鳥の餌を|千代の父・俊次

PRESIDENT WOMAN Onlineは、父の俊次が千代を家の「時計の間」から呼びつけ、鳥の餌を取りに行かせ、夜には酒を買いに走らせたと伝えています。千代は後年、この父を、小説の中にしか出てこないような奇人だったと書いている。
鳥の餌。そう聞くと、清治のカナリアが、急に違う重さで見えてきませんか。
もちろん、ドラマは実人生そのものではない。それでも、父と娘の間に同じ鳥の影が見える気がするのです。
水戸から大洗へ、父が語った夜道
私の父は昭和一桁の生まれで、今の小学校に当たる時代を水戸で過ごした。小学校の4年生か5年生のころになると、夕方になると自転車で、大洗の造り酒屋「月の井」へ酒を買いに行かされたそうです。
水戸から大洗まで、約10キロ。
夕方に出て、帰りは夜10時近く。当時の自転車にライトはなく、真っ暗な道を一人で走った。怖かったろうと、いまになって思います。
昭和30年代生まれの私も、小学校時代にその話を聞かされながら、夜のお使いに出された一人。
ただし私の場合の行き先は、家から1キロもない場所。それでも私の家は周りに家のない畑の中の一軒家で、明かりのない田舎道は、子どもには十分に怖かったのです。
月の井は、いまの私も好きな大洗の名物酒蔵。「菜(な)の月」という酒は、おすすめの一本です。この蔵の名を見るたび、暗い道を急ぐ少年の背中が浮かぶ。
千代が走った夜道も、父が自転車で走った夜道も、同じ暗さだったのかもしれない。
ライトなく 十キロ先に 酒の月
「ここにおりたい」と言えた珠の強さ

第5話で珠が手に入れたのは、父に勝つことではなく、この家にいられることでした。
辛いと思わない強さは、どこから来るのか
山口県観光連盟の特集は、父との関係が千代に「辛いことがあっても辛いと思わない強さ」を育んだようだと紹介しています。
こういう環境に育った人は、精神的にも強くなっただろう。そう思う一方で、怖さが消えたわけではないとも、私は感じています。
珠もそうでした。
怖い父の前で土下座までして、それでも家に残りたいと言った。怖くなかったから言えたのではなく、怖いまま言ったから、あの言葉は胸に残るのです。
リョウがいたから、珠は声を出せた

リョウは、珠の不安に、毎回小さな行動で答えていた。その積み重ねがあったから、珠は自分の言葉で、母のために父の前に立てたのでしょう。
戻らなかったのはカナリア。戻ったのは、リョウでした。
鳥逃がし 珠さま抱いて 帰る母
第2週のタイトルは「父からの、解放」。ここにおりたいと願った少女に、次の週は何を用意しているのでしょうか。
よくある質問
Q 『ブラッサム』第1週のタイトル「私の父、私の母」は何を意味する?
第1週は「父について」の作文の宿題から始まり、第5話で珠が、父と母とみんながいる家を選ぶところで終わります。父をどう書くかという問いが、最後は「どの家にいたいか」という答えに変わる一週間。
Q 珠とリョウは血のつながった親子なの?
リョウは珠の継母。第1話の珠は、血のつながらない自分がなぜそこまで愛されるのか、少し不安に感じていました。
Q 清治は何をしている人?
清治は、本家の家督を弟に譲った見返りに毎月給金を受け取り、働かずに暮らす人物。作中の本家は酒蔵で、第3話では本家から使いが来て、清治をたしなめる伝言を伝えました。
Q 『ブラッサム』は宇野千代の実話そのままなの?
宇野千代をモデルにした物語で、作中の名前は葉野珠、父は清治、継母はリョウ。実際の千代の父は俊次、継母はリュウと伝えられています。
Q 第1週の珠は誰が演じている?
幼少期の珠を演じるのは村上蘭さん。大正2年を描く第2週からは、高等女学校四年生になった珠を石橋静河さんが演じます。
筆者紹介|なおじ

なおじ。公立小・中学校で約35年、教師として子どもたちと向き合い、校長を11年、指導主事として教育現場を外側から見る経験も重ねてきました。全国中学校社会科教育研究会元理事、元茨城県社会科研究部長として、人の生き方と社会の背景を長く見つめてきた者。
昭和一桁生まれの父から聞いた夜の酒の買い出しと、昭和30年代生まれの自分が暗い田舎道を使いに出された記憶。いまも残るその記憶を、宇野千代の少女時代とドラマの場面に重ねて読みました。
現在は複数のブログで、ドドラマ・芸能・政治・歴史・スポーツ・旅・学び・書評などを横断しながら、人の生き方と社会のつながりを書き続けている。