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「らんまん」の寿恵子が始めた待合茶屋の屋号「山桃(やまもも)」は、愛のメッセージ

万太郎ら家族と別居して待合茶屋「山桃」経営に乗り出した寿恵子(NHK)

槙野万太郎一家の家計を支えているのは、妻の寿恵子(浜辺美波)。一時は、岩崎本家に借金を肩代わりしてもらったが、その後も借金生活から抜け出せない。万太郎の給料が圧倒的に少なかった。そこで、家計の苦しさから抜け出すため、寿恵子は料亭「巳佐登」みえ叔母さん(宮澤エマ)から勧められた「待合茶屋」をやってみようと決意する。
史実の牧野壽衛子さんも、「らんまん」の寿恵子のように「待合茶屋」を経営したのだろうか。

目次

このブログのまとめ:

・待合茶屋とは、「密会や交渉の場所を提供する」仕事
・らんまんの寿恵子も、史実の壽衛子も渋谷に店を開いた
・壽衛子は、店を開くに当たり、万太郎や子どもたちと別居して働いた。
・らんまん寿恵子の店の名は「山桃(やまもも)」
・「山桃」の花言葉は、「ただ一人を愛す」
・史実の壽衛子の店の名は「いまむら」
・最初のうちは成功するが、やがて貸し倒れが起きて店を継続できなくなる。
・だが、この稼ぎで生活が、少し楽になる。
・稼ぎは、後に家を造る資金となる。

「待合茶屋」とは、どのような商売か

待合茶屋は、芸者を呼んで食事や飲み物を提供する風俗営業の店。明治から昭和にかけて政治家や実業家が利用することが多かった。待合茶屋を簡素に「待合」と呼ぶこともあった。

多くの待合茶屋は、料理を仕出し屋から取り寄せていた。「らんまん」の「巳佐登」のように自前で料理を出す店は少なかった。
客と芸者、また客と私娼との宿泊用の部屋があった。
「待合(待合茶屋)」とはどのような商売か、と言えば「密会や交渉の場を提供する商売」、ということになる。

戦後は、「料亭」と名を変えていった。
だが他の娯楽と競合し、数そのものは減少している。

また、「待合政治」が批判されたことも、料亭の数の減少につながった。だが現在でも「料亭政治」は残っている、と思われる。

料亭「巳佐登」みえ叔母さん(宮澤エマ)(NHK)

寿恵子は、どこで「待合茶屋」を始めたのか

寿恵子は、みえ叔母さんから、渋谷の荒木山(現在の円山町)で「待合茶屋をやったらどうか」と背中を押されている。

当時の渋谷の荒木山と言われたあたりは、あまり人が寄りつかない場所だった。
荒木山の背後は急な坂道になっていて、渋谷の深い谷底に続いている。かつて、そこに「新泉」という泉が湧いていた。

この谷の全域は、かつての火葬場だった。周りには、人を葬ることを仕事とする人々が多数住み着いていた。彼らは泉の湯をわかして浴場を造った。それが、弘法湯(こうぼうのゆ)。

「弘法湯」は、江戸時代の文献にも出てくる。
歴史的には、古い共同浴場なのだ。

この弘法湯のある渋谷に、陸軍が練兵場をつくることになる。
そうなれば、湯屋を中心に形成されつつある花街が、一層賑やかになるだろう。
みえ叔母さんは、そこに目を付けた。

幸い、三菱の岩崎弥之助の知り合いが持っている土地を手放す話が出ている。
恩ある岩崎家からの話でもある。みえ叔母さんは、寿恵に、
「商売を始めるなら、今でしょう。」と、背中を押したわけだ。

寿恵子の待合茶屋の屋号は、「山桃」

山桃(Wikipedia)

寿恵子は、一大決心をして渋谷に自分の店をオープンした。店の名前は「山桃(やまもも)」。

一時は、岩崎本家の計らいで借金の穴埋めをしてもらったが、万太郎の生活が変わるはずはない。少ない報酬に対して、研究にかかる金はその何倍もある。
当然、すぐに借金生活に逆戻り。

このような生活環境なので、寿恵子は、待合茶屋の経営を決断したのだ。
だが、渋谷に店を出すのだから、寿恵子は万太郎と別居状態になる。それでも、家計を支えるためには仕方がない、と踏み切った。

ところで、なぜ店の名前を「山桃」としたのだろうか。
ヤマモモは、中国や日本に自生する常緑樹の果実で、ヤマモモ科ヤマモモ属に属す。
色々な品種があり、高知県や徳島県などの花や木に指定されている。
街路樹や公園樹としてもよく植えられているので、目にする機会も多い。

さて、このヤマモモの花言葉なのだが、
「教訓」
そして、「ただひとりを愛する」、だ。

スエコザサ

この「山桃」という店の名は、富太郎先生が壽衛子さんが亡くなった後、壽衛子さんに感謝して、新種の笹に「スエコザサ」という名前を付けたお話の裏返しのようだ。

 家守りし妻の恵みやわが学び
  世の中のあらん限りやスエコ笹

らんまんの話がいつ頃の話と設定されているのかは分からないが、史実の壽衛子さんが店を営むのは、大正10年ごろ。つまり、1921年ごろ。
その約7年後の、昭和3年(1928年)に、壽衛子さんは亡くなる。

こう考えると、寿衛さんが付けた屋号の「山桃」が、一層愛おしく響く。
『万太郎、寿衛さんに楽をさせてやれよ』、そう言ってやりたくなった。

史実の「壽衛子」さんは、待合茶屋経営を行ったのか

牧野富太郎博士と妻の壽衛子さん

史実の壽衛子さんも、待合茶屋を営んでいる。
待合茶屋を営んだ理由は、「らんまん」の中で描かれているとおり、家計の改善のためだった。

場所も、「らんまん」と同じで渋谷の荒木山(現在の円山町)。
このあたりは、もともとは鍋島藩の荒木氏が所有していたので荒木山といわれていた。

後に円山と改名され、壽衛子が店を出した大正の半ば過ぎには、芸妓の置屋が137戸、芸妓のお姉さん方が402人(最大で420人いたこともある)、待合茶屋が96軒、東京屈指の花街となっていた。(大正10年・1921年調べ)

ここに店を出し、屋号は「いまむら」だった。
屋号は、らんまんの「山桃」であって欲しかった樹もするが、史実は、「いまむら」。
「いまむら」というのは、「小澤」を名乗っていた壽衛子さんの別姓だという。

壽衛子さんの待合茶屋は成功したのか

待合茶屋「いまむら」は、最初のうちは成功した。おかげで、ある程度生活を改善することもできた。また、壽衛子さんの稼ぎで、牧野家は後に家を建てることが出来るのだった。

だが、しばらくして、悪い客がついてしまい貸し倒れが起き、店を存続することが出来なくなってしまう。こういう結末から考えると、「大成功」とは言えない結末だった。

富太郎は、妻が待合を経営していて大学から何とも言われなかったのか

今の世なら、妻が料亭を経営していたとしても、何のクレームもないのだろうが、大正から昭和の初めにかけての時代、大学で働く富太郎に対し、風当たりはなかったのだろうか。

この時代のことである。
「大学に勤める者の妻が、あのような商売を…。」
という批判が、やはりあった。

これに対し、牧野万太郎博士は、自叙伝の中で次のように語っている。

槙野万太郎(史実の牧野富太郎)(NHK)

一念発起して商売を始める

大正の半ばすぎでした。上述のような次第でいろいろ経済上の難局にばかり直面し、幸いその都度、世の中の義侠心に富んだ方々が助けに現れてようやく通りぬけては来たものの、結局私たちは多人数の家族をかかえて生活してゆくには何とかして金を得なければならないと私は決心しました。それも煙草屋とか駄菓子屋のようなものではとても一同がやってゆけそうにないが、一度は本郷の竜岡町へ菓子屋の店を出したこともあった。そこで妻の英断でやり出したのが意外な待合なのです。

これは私たちとしては随分思い切ったことであり、私が世間へ公表するのはこれがはじめてですが、妻ははじめたった三円の資金しかなかったに拘わらずこれでもって渋谷の荒木山に小さな一軒の家を借り、実家の別姓をとって“いまむら”という待合をはじめたのです。

私たちとはもとより別居ですが、これがうまく流行って土地で二流ぐらいまでのところまで行き、これでしばらく生活の方もややホッとして来たのですが、矢張り素人のこととてこれも長くは続かず、終わりにはとうとう悪いお客がついたため貸倒れになって遂に店を閉じてしまいましたが、このころ、私たちの周囲のものは無論次第にこれを嗅ぎ知ったので「大学の先生のくせに待合をやるとは怪しからん」などと私はさんざん大学方面で悪口をいわれたものでした。

しかし私たちには全く疚しい気持はなかった。金に困ったことのない人たちは直ぐにもそんなことをいって他人の行動にケチをつけたがるが、私たちは何としてでも金を得て行かなければ生活がやってゆけなく全く生命の問題であったのです。しかもこの場合は妻が独力で私たちの生活のために待合を営業したのであって、私たち家族とはむろん別居しているのであり、大学その他へこの点で、何等迷惑をかけたことは毫もなかったといってよいのです。それゆえに時の五島理学部長もその辺よく了解し且つ同情していて下されたのです。

こうしてとにかく一時待合までやって漸く凌いで来たのち、妻は私に目下私たちの住んでいるこの東大泉の家をつくる計画を立ててくれたのです。妻の意見では都会などでは火事が多いから、せっかく私の苦心の採集になる植物の標本などもいつ一片の灰となってしまうか判らない。どうしても絶対に火事の危険性のないところというので、この東大泉の田舎の雑木林のまん中に小さな一軒家を建ててわれわれの永遠の棲家としたのです。

牧野富太郎自叙伝より

富太郎博士の自叙伝からも分かるように、夫婦別居までして待合茶屋「いまむら」を営み、ある程度の成功を収めることができた。

だが、貸し倒れが起きてしまう。
貸し倒れとは、相手方の理由で、『売掛金や貸付金などの債権が、回収できず損失となること』を指す。 

「悪い客がついて、借金を返してくれなくて倒産した」と語る牧野博士は、大物だ。
自分は散々に借金を踏み倒してきたのに、妻の店に借金を返さない奴については、「悪い奴」と、やはり言うか…。
まあ、わからなくもないが。

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