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剣の達人たちの心『平常心』 塚原卜伝・宮本武蔵・反町無格

剣豪
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目次

塚原卜伝の実子への教え 『剣』とは何か

 塚原卜伝は、室町時代後期の剣客。生きていたのは1489年から1571年。鹿島新当流(卜伝流)を生み出しその名をとどろかせた人物であった。

 卜伝には、三人の息子がいた。三人ともに卜伝流を学ぶ剣客である。卜伝は、その息子たちの中で誰が一番優れているかを試そうと、ある試みをする。

 蚊帳に、ある仕掛けをした。
 若い人は知らないかもしれないが、我々60代の人間なら、子供のころに入って寝た経験がある虫を避ける道具だ。その蚊帳の上に枕を置き、蚊帳に触れると落ちてくるようにしておいた。
 そして、一人ずつ息子たちを喚び、蚊帳に入るようにさせた。

 長男は、蚊帳に入る前に枕があるのを見ると、取り上げて戸のそばに置いた。そして父と話し、蚊帳を出て行くときに、枕をまた元の所に戻した。

 次男は、蚊帳に入ろうとして触れてしまい枕が落ちてきた。それをサッと両手で受け止めた。その後、その枕を下に置き、出て行くときに元に戻した。

 三男は、下を向いたまま蚊帳に入ろうとした。蚊帳に触れる。枕が落ちて来て頭に当たる、と同時に剣を抜いて枕を真っ二つにした。二つになった枕が足下に落ちる。刀をさやに戻し一息ついた後に蚊帳に入った。

卜伝の子らへの言葉

 卜伝は、三人の息子たちを自室に呼んで、子らへ評価を言い渡した。

 まず、長男。

そなたは、よく修行に励んだ。これを授けよう。

と、自らの愛刀を授けた。

次に、次男。

まだ修行が足りぬ。もう少し、修行を積むが良かろう。

最後に三男。三男については、部屋に入ってきても、しばらくその顔を見つめ、無言。

お前は、我が流派の名を汚すことになろう。即刻、剣を捨て別の道を求めよ。

 と、静かに三男に言い渡した。

 日本の剣の達人は、どうやら「剣を単なる切るもの」とは捉えていない。「剣技を、単に人を切る技術」とも捉えていない。

 『剣』とは何か。
 少なくとも、周りを観察する冷静な心、適切な判断力など『心の充実』の上に、「身を守る技術」としての剣技があるようだ。
 卜伝の心情など凡人が推し量ることはできない。だが、卜伝は実の子である三男に『剣の道を捨てよ』と、厳しい言葉を言い渡した。
 剣の道の厳しさ。しかし、この厳しい言葉の中に親の「愛情」を感じるのは私だけだろうか。厳しいが、修行をしてもどうにもならない心の在り方を見抜く。そして、実の子であってもその現実を言い渡す。これも「道」。

 ちなみに、この後卜伝の奥義を伝授されたのは、長男でも次男でもない。伊勢の国(現在の三重県)の北畠具教(とものり)など、数名の門弟だけであった。

自らは『平常心』、相手には『詭道をもって平常心を乱す』 宮本武蔵

 宮本武蔵は、1584年から1645年に生きた江戸時代初期の剣豪(二天一流の開祖)である。

 あるとき、一人の少年が武蔵を訪ねてきた。そして、

「父の仇討ちを志す者です。御領主様よりお許しをいただき、明日、仇討ちを行うことになりました。つきましては、武蔵様に、是非とも必勝の心得などをご教授願えないでしょうか。」

と、必死の形相であった。

聞けば、孝行息子であり武蔵もその願いを叶えてやりたくなった。
 武蔵は、次のように少年にアドバイスする。

「明日の試合に臨んだら、床机に座る前に自分の足下を見なさい。もし、地面に蟻が這っていれば、それは必勝の印だ。それに、儂も必ずやお前の必勝を祈願しておく。儂の願いが神仏に届かぬはずはない。気後れすることなく、相手に立ち向かいなさい。」

翌日、領主が設定した仇討ちの場所で、自分の足下に目をやると、そこにはたくさんの蟻がいる。

これぞ、吉兆

 勇んだ少年は、見事に父親の敵を討ち果たした。
 武蔵の与えた心理作戦が効を奏した。

巌流島の武蔵と小次郎

 多くの者が知るとおり、武蔵は佐々木小次郎との巌流島の決闘でも心理作戦を用いている。
 小次郎との約束の時間は午前八時。武蔵が現れたのは、何と午前10時ごろだった。

臆したか、武蔵!

 イライラした小次郎が、刀を抜いて鞘をその場にうち捨ててかかってくる。

小次郎敗れたり!

武蔵がすかさず叫ぶ。

勝者が、なぜ鞘を捨てる。

 勝負は、カッとなった者の負けだ。

実践において、『兵は詭道』
『剣の道』においても、おそらくそうなのだろう。

 冷静な心を失った者が負ける。

目で見ずに 心で見よ『反町無格』

 無眼流の反町無格(?-1742)は、江戸時代中期に生きた剣豪である。

 無格の逸話として伝えられている無眼流の開祖話がある。無格が修業時代、会の山奥で高い断崖の上にいたときの話。その断崖には、反対側に渡るために丸木の橋が架かっていた。しかし、谷は深い。太い丸太といえど、渡るには頼りなげに思われる。

 剣豪の無格でさえ、渡るのを躊躇した。

「渡るか、引き返して別の道を探すか。」


 思案にくれて、ふと目を上げると、反対側に一人の盲人が立っていた。

 盲人は、自分の下駄を脱いで懐に入れた。
 杖を、自分の背中にさし、躊躇なく丸太橋を渡り始めたではないか。
 しかも、足取りには何の不安も感じられない。


 平然と渡りきり、再び下駄を履き、杖をヒョイと背中から抜き、
 無格の前を、悠然として通り過ぎて行った。

 無格は、

あの人は、目が見えないから、あの深い谷が少しも怖くないのだ。自分はなまじ目が見えるから、それにとらわれて怖くて渡れない。目で見てはいけないのだ。

 と、悟った。
 さすが剣豪無格、その悟りに従い、丸太橋を渡ることができた。

 これも、『平常心』
 様々な『道』は、どこかで『平常心』と繋がってるようだ。

 【無眼流反町無格開眼の逸話として知られるが、開祖は三浦某か。丸太橋の話は別の流派の話にもある。】

    

 

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