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「らんまん」の寿恵子が始めた待合茶屋の屋号「山桃(やまもも)」は、愛のメッセージ
槙野万太郎一家の家計を支えているのは、妻の寿恵子(浜辺美波)。一時は、岩崎本家に借金を肩代わりしてもらったが、その後も借金生活から抜け出せない。万太郎の給料が圧倒的に少なかった。そこで、家計の苦しさから抜け出すため、寿恵子は料亭「巳佐登」みえ叔母さん(宮澤エマ)から勧められた「待合茶屋」をやってみようと決意する。 -
寺田心と濱田龍臣が演じるらんまんの『山元虎鉄』は、万太郎の息子になるのか
万太郎を慕って、土佐から青年が上京してきた。大荷物を背負い十徳長屋を訪れた青年の名は、「山元虎鉄」。この青年は、どういう青年なのだろうか。「らんまん」の劇中ではどのような役割を果たすのか。そして、史実として「山元虎鉄」という人間は実在したのか、また実在したとしたらそのモデルは誰か。 -
「らんまん」陳志明のモデル:牧野富太郎博士は、台湾調査をほぼ語らず
「らんまん」では、護身用のピストルを買わずに台湾に出向いたが、はたして史実はどうだったのだろうか。また、台湾で案内人となった陳志明(ちんしめい)という青年には、モデルがいたのだろうか。この2点について調べた。 -
「らんまん」万太郎の借金を肩代わりする財閥三菱:皆川猿時演じる岩崎弥之助
牧野富太郎と寿恵子の窮状に救いの神が現れる。財閥三菱の岩崎家だった。「らんまん」では、皆川猿時さん演じる三菱の当主の岩崎弥之助氏がその人、と描かれている。では、史実ではどうだったのだろうか。また、岩崎弥之助とはどのような人物だったのか。 -
「らんまん」田邊彰久教授の若き妻:聡子のモデルは「柳田順」
他者から見ると傲慢な田邊教授を、心から尊敬し決して前に出ることなく支え続ける若き妻「聡子」さん。田邊教授と聡子さんの夫婦の在り方に、インターネット上には「この夫婦、推しです」とのコメント多数。では、聡子さんのモデルは誰だったのだろうか。 ... -
愛娘園子の死など、「らんまん」のモデル 牧野富太郎に次々と降りかかる苦難の連続
明治23年~26年にかけ、富太郎には連続して不幸・苦難が訪れる。「らんまん」の万太郎と寿衛さんはお互いを支え合っているが、史実の富太郎先生は、いささか常識を逸している。 明治23年(1890年)、矢田部教授による大学への出入り禁止 矢田部良吉教授か... -
「らんまん」田邊彰久教授のモデル、矢田部良吉教授はどんな人
田邊教授のモデルである矢田部良吉教授とは、実際にはどのような人物だったか。 -
「らんまん」大窪昭三郎のモデル大久保三郎、徳永助教授のモデル松村任三とは、どんな人
「らんまん」の大窪昭三郎のモデルは、大久保三郎。徳永助教授のモデルは、松村任三。それぞれ、どんな人か。 -
「らんまん」万太郎を支えた、藤丸次郎と波多野泰久のモデルは誰か
万太郎とともに植物雑誌を発行した藤丸次郎と波多野泰久のモデルは誰か。 -
牧野富太郎の真実の人生【朝井まかでさん作の評伝小説『ボタニカ』から】
ボタニカは、朝井まかでさん作の評伝小説。この小説に描かれる日本の植物学の父である牧野富太郎博士は、文久2年(1862)、土佐佐川の造り酒屋、岸屋の一人息子としてこの世に生を受けた。