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🦁あんぱん第110話「やさしいライオン」1967年誕生秘話〜歴史的背景とアンパンマンへの道のり✨

みなさん、おはようございます!
元社会科教師の、なおじです😊

今朝の「あんぱん」第110話、ご覧になりましたか?

羽多子さん(江口のりこさん)の「うっかり」から始まった嵩の大慌て。

そして誕生した「やさしいライオン」!

この名作の背景には、実は深〜い歴史が隠されているんですねぇ~。

今日のポイントはこちら👇
📚 1967年昭和42年の時代背景と創作環境
🎭 やなせたかしの「なんでも屋」時代の創作術
🦁 ラジオドラマから絵本、そしてアンパンマンへの道のり
📺 朝ドラと史実の絶妙な脚色テクニック
💝 元教師なおじの感動ポイント解説

それでは、タイムマシンに乗って昭和42年へ出発しましょう!

目次

朝ドラファン必見!第110話で描かれた「やさしいライオン」誕生の瞬間

羽多子さんの「うっかり」が生んだ奇跡

いや〜、江口のりこさん演じる羽多子さん、やってくれましたね😅

電話に出て「はい、やります!」って言った時の嵩くん(北村匠海さん)の顔。あれ、見事に真っ青になってましたよ〜

でも、これって史実でもほんとにあった出来事なんです。

文化放送のディレクター・笹本利之助さんから「とにかく明日までに何か書いてくれ」という急な電話。

やなせたかしさん、当時48歳。

まさに「困ったときのやなせさん」と業界で呼ばれていた時代でした。

急なアナ 救世主は やなせさん 🎭

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嵩が取り出した「あの絵」の正体とは

優しいライオン(雑誌PHP

ドラマで嵩が取り出した絵。

ライオンと犬の親子が描かれていましたね。

あれ、実際にやなせさんが雑誌PHPに短いコントとして書いていた作品がモデルになってるんです。

ドイツの動物園で犬がライオンを育てた」という新聞記事からヒントを得たもの。

最初はちょっとしたコント作品だったのが、30分のラジオドラマに急遽変身!

これが名作誕生の始まりでした。

1967年(昭和42年)〜高度経済成長期に生まれた「やさしいライオン」

戦後復興から22年、変化する日本社会

さあ、ここからが元社会科教師の腕の見せ所!📖

1967年(昭和42年)って、どんな時代だったと思います?

東京オリンピックから3年後、日本は高度経済成長の真っ只中でした。

当時の主な出来事をちょっと振り返ってみましょう

  • GNP(今のGDP)が西ドイツを抜いて世界第2位に到達
  • カラーテレビの普及率がぐんぐん上昇
  • 若者文化が大爆発(グループサウンズブーム到来)
  • その一方で公害問題も深刻化し始める

この時代の人々って面白いんですよ。

物質的な豊かさを手に入れた反面、精神的な何かを求めていたんです。

そんな社会の空気感が、「やさしいライオン」という作品に見事に反映されているんですね。

ラジオ黄金時代と文化放送の役割

1967年は、まだテレビよりラジオの方が身近だった時代。

特に文化放送なんて、若者向けの斬新な番組でめちゃくちゃ人気だったんです。
かく言う私も聞いていました。

やなせさんも、このラジオ業界で「台本の何でも屋」として大活躍。

CM制作から番組構成まで、本当にありとあらゆることをこなしていました。

なおじの解釈
「困った時のやなせさん」って呼ばれてたのも納得!今でいう「マルチクリエイター」の先駆け的存在だったんですね。

やなせたかし「困ったときの」創作術〜なんでも屋時代の発想力

急ごしらえでも心に響く理由

実際の制作過程を調べてビックリ。

一晩で30分のラジオドラマを仕上げるって、普通じゃ考えられませんよね?

でも、やなせさんには秘密兵器があったんです。

それが「音楽の力」を最大限に活用したこと。

磯部俶(いそべとし)さんの作曲とボニージャックスの歌声。

これが短い物語を感動の名作に変身させたんです。

一句
急ごしらえ されど名作 音楽で 🎵

「サンカク人生」やなせ流哲学の原点

やなせさんって、自分の人生を「サンカク人生」って呼んでたんですよ。

絵を描く・詩を書く・恥をかく

この3つの「カク」で生きてきたんだって。
なんて素晴らしい哲学でしょう😊

「恥をかいても平気。失敗したら、俺に頼んだ方が悪いと思えばいい」

この開き直りともいえる前向きさが、緊急時の創作力につながったんでしょうね。

なおじも教師時代、急に授業内容を変更することがありました。

でも、やなせさんのこの精神を見習って「なんとかなる!」って思えるようになったんですよ。
いいかげんな教師だったなあ。
時効です…。

「やさしいライオン」がアンパンマン誕生に与えた決定的影響

絵本作家デビューへの転機

ラジオドラマ「やさしいライオン」は大反響を呼びました。

そこに目をつけたのがフレーベル館

1969年に絵本化の話が舞い込んできたんです。

これが、やなせさんの絵本作家デビュー作となりました!

もし「やさしいライオン」がなかったら、アンパンマンも生まれなかった。

やなせさん自身が「この作品がなければアンパンマンも絵本化されなかった」と後年語っているほどなんです。

アンパンマンへつながる共通テーマ

「やさしいライオン」と「アンパンマン」には、深い共通点があるんです。

それは「弱い存在を守ることへの強い願い」と「与える愛の尊さ

『詩とメルヘン』の愛読者だったなおじが言うのですから、間違いありません。

「やさしいライオン」では母子の無償の愛が描かれ、「アンパンマン」では飢えた人に自分の顔を分け与えるヒーロー像として結晶化されているんですよね。

歴史の連鎖反応をちょっと整理してみましょう
1967年ラジオドラマ → 1969年絵本化 → 1973年「あんぱんまん」誕生 → 1988年TVアニメ化

見事な歴史の流れでしょう?

手塚治虫との運命的な出会い

手塚治虫

ここからが本当にすごい話!

1970年に手塚治虫さんの虫プロダクションで「やさしいライオン」がアニメ映画化されたんです。

実は、やなせさんは手塚さんの「千夜一夜物語」で美術を担当していました。

その仕事ぶりに感動した手塚さんが「今度は好きな作品を自由にアニメ化してください」とお礼の申し出をしたんですね。

そこで選ばれたのが「やさしいライオン」

結果は大成功!

なんと毎日映画コンクールの大藤信郎賞まで受賞しちゃいました。

まさにプロ同士の「恩返し」が生んだ名作コラボ🎨

来週の朝ドラ予告で描かれていたのは、きっとこの感動的な場面でしょうね。

なおじ感動ポイント
プロ同士の粋な計らいって、いつの時代も素敵だなあと思うんです。今の時代にも、こういう温かい関係があったらいいですね。

まとめ〜歴史を知ると朝ドラがもっと楽しくなる!

今日のポイントをもう一度おさらい✨
📅 1967年は高度経済成長期の真っ只中だった
🎭 やなせたかしの「なんでも屋」精神が生んだ名作
📚 ラジオドラマから絵本、アニメへの華麗な発展
🦁 アンパンマン誕生への重要な布石として機能
💝 史実とドラマの絶妙なブレンドが楽しめる

みなさん、今朝の朝ドラはいかがでしたか?

私は羽多子さんの天然ぶりに思わず「あ〜あ」って苦笑いしちゃいました😅

でも、その「うっかり」が名作を生んだと思うと、人生って本当に面白いもの。

やなせさんの「恥をかくことを恐れない」精神、私たちも見習いたいですよね。

60年近く経った今でも愛され続ける「やさしいライオン」

その誕生の背景を知ると、作品の深みがさらに増しませんか?

来週の朝ドラも、きっともっと楽しめるはず!

なおじの今日の一言
急な依頼も 受けてみれば 花開く 🌸

それでは、また来週の朝ドラでお会いしましょう〜👋

おまけ:なおじの詩【プリティー・シモン】

霜柱の小径 白い仔犬かけてくる
鼻の頭 赤くした君 北風に両手広げて
少しだけ 凍り付いた冬の日

長い長いマフラー 引きずっている君に じゃれついた 仔犬
名前は プリティー・シモン
まだ小さく 母さん 恋しい

止まった涙を 見つめちゃだめだね
凍った寂しさ 抱えちゃ だめだね

少しだけ 春風に なろうよ…

(なおじ21歳の作・詩とメルヘンの愛読者だったころ)

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あんぱん110

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