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忍城主 老中阿部忠秋は 癇癪持ちの3代将軍家光をどうやって諭したか

安部忠秋

武蔵の国現在の埼玉県、 八万石の藩主だった阿倍忠秋(1602~1675)、3代将軍徳川家光と4代家綱を補佐した老中で、温厚な人物として知られている。

 家光の入浴中のエピソードが遺されている。その日のお湯殿当番(入浴中家光の世話をする係)は、久庵という湯殿坊主だった。家光は、かんしゃく持ちで気が短いということで有名だったので、久庵は、かなり緊張していた。
 実際に、久庵が風呂の中で世話を始めると、家光は案の定かんしゃくを起こす。

目次

老中 阿倍忠秋 3大将軍家光に仕える『湯殿坊主久庵の処罰の顛末』

癇癪を起こした家光が、怒鳴った。

「ええいその方、もうちと手早くやらんか。」

 と、あれやこれや命じるので、久庵は一層緊張してしまった。すると、普段なら出来る冷静な判断が出来なくなり、ボーッと頭に霧がかかったような状態になった。本来なら、水で薄めてかけるはず『上がり湯』を熱湯のまま家光の背中にかけてしまう。

 熱湯をかけられた家光は悲鳴を上げる。

「ぎゃー!」


 家光は、久安を突き飛ばした。しかし、肩はみるみる赤くなり、しばらくする所々に水ぶくれが出来てきた。

 悲鳴を聞きつけて家臣が駆けつける。
 「おお、これは。御殿医をすぐに呼べ。」

 御殿医が訪れ、家光を治療する。痛みはやや遠のいたものの、家光の怒りは一向に納まらない。治療を受けつつ、そばに控えていた側近の者に、

「直ちに、先ほどの湯殿坊主(久庵)を、その父親共々死罪にせよ。」

 と、怒りにまかせて言い渡した。

 この家光の命令は、すぐさま老中の阿部忠秋のもとに届く。
 忠秋の家の者は、「すわ、一大事」と慌てふためいている。
 「殿、すぐさま御登城いたしますか。」

 しかし、忠秋は家臣の問いかけに

「いや、登城は明日で良い。」

 と、何やら落ち着いている。

 翌日、忠秋はいつもと変わらず、ゆったりと登城した。

「上様、昨日の湯殿坊主(久庵)父子の、御処分は何でございましたでしょうかな。」

 と尋ねた。
 家光は、怒った面持ちで

「死罪だ」

 と答える。

 忠秋は、少しの間、ボーッとした面持ちを家光に見せる。そして、静かに

「忠秋は、このところ老いぼれまして、耳が遠うございます。もう一度、お聞かせいただけますか。」


 家光は、忠秋の言葉を聞き、姿を見てしばらく考えていた。

「湯坊主久庵は、粗忽者である。よって八丈島へ流罪申し渡せ」

  と、言った。

3代将軍家光 老中阿倍忠秋の忠心を読み取る 『湯殿坊主久庵の処罰の顛末』

 家光が鷹狩りから帰り、風呂に入っているときのこと、ちょっとした手違いから湯殿坊主久庵が、家光に熱湯をかけてしまうという事件が発生した。

 家光は、元来がかんしゃく持ちであり、このときも烈火の如く怒りを久庵にむける。

「あの者、すぐさま死罪じゃ。いや、あの者だけでは済まぬ。その親共々死罪にいたせ。そう忠秋に申しいたす。忠秋を呼べ、すぐに呼べ、今すぐじゃ。」

 家光は、老中の忠秋を呼びつけ久庵を死罪にする腹づもりであった。

 しかし、忠秋はなかなかやってこない。
 家光は、食事を終え、くつろぎ、時間とともにさすがの怒りも落ち着いてくる。

 忠秋は十分に時間を取った後に、家光のところにやって来た。

「上様、湯殿坊主の件については、どのように取り計らったらよろしゅうございますか。忠秋は近頃年のせいか物忘れが激しく、上様のお考えを失念してしまいました。改めて仰せになっていただくよう、お願い申し上げます。」

 と、深々と頭を下げた。

 家光は、忠秋の姿を見て、しばらく考えていた。

「湯殿坊主久庵は、粗忽者である。よって八丈島へ流罪申し渡せ。」

「は、かしこまりました。」

 忠秋は、間髪を入れず答えた。

 忠秋が退出した後、家光の近習たちが、
 「阿部様でさえ、物忘れするのだから、我々が物忘れするのも仕方がないことじゃ。」
 などと、話している声が家光に届く。

 すると家光は、近習たちに次のように言った。

「なんで豊後(忠秋)が、失念などするものか。死罪を命じるには慎重でなければならないぞと、余を諫めたのじゃ。失念は方便じゃ。」

 生まれながらの将軍、3代家光は、気位が高くかんしゃく持ちと言われるが、愚鈍ではない。
 『一時の怒りで、忠心をもって自分に仕える者を殺してはいけない。』
という、忠秋の無言の真意をきちっと読み取っていた。

短気は、損気か。久庵を殺せば、久庵ひとりではなく、儂に忠誠を尽くす者どもが、儂の癇気を畏れ、忠心を尽くせなくなる。そういうことか。」
 『忠秋め、無言で儂を諫めおった。』

 家光は、そう呟く。

 温厚であるが、度胸があり、そして知恵者だると言われる忍城城主、老中阿部忠秋の逸話である。

安部忠秋

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